福山のハンドメイドの贈り物雑貨店『樹LICOTTO』と女性の隠れ家カフェ『Cafe de LICO』のオーナーRINAです
一昨年の12月
主人の父の異変にきづきました。
言動がおかしい
徘徊する
‥認知症
いろんなとこでやらかしてしまって
その度に
お店に苦情を言って来られる。
車の運転もさせられないから
鍵を取り上げてシルバーカーに乗ってもらったけど
一月もすると
シルバーカーの運転もおぼつかなくなり
事故しても大変だからと
シルバーカーの鍵を隠して
でも、出かけるのが大好きなじいちゃんは
鍵を出せと怒る
『お店を閉めたら一緒に行こうね』と言っても
『いや、今出かけにゃいけん』と頑なに
挙句には
親戚中電話して主人の悪口わ言いまくり
弟を呼びつける
前の年まで現役でお米を作っていたじいちゃんは
トラクターに乗れない(乗りこなせない)ことに
気づかず
『トラクターが壊れとる』
と、近所の農機屋さんへ朝から6時ごろから電話しまくり
農機屋さんは『もうトラクターに乗らすな』と
私におこってました。
そりゃそうよね。
朝早くから起こされたら‥
お店の営業を避けて
田んぼ仕事
自分の体力の限界も感じ始め
そして
体力も落ちてきて流動食しか食べられない
暑かった去年
なんとなく夏を乗り切れない気がして‥
昨年6月
介護に専念するため
カフェ、雑貨を同時にお休みしました。
とはいえ、ヘルパーさんにきてもらうにも
ゴミ屋敷のような父の家
ひろい農家の天井まである物物物
片付けるだけで
ヘトヘト
片付けは一月がかり
もともと主人とじいちゃんは確執があり
私のいうことの方がじいちゃんも、聞いてくれる。
車椅子でじいちゃんを出かけたいとこに連れて行って
三食流動食
目を離すと
ベッドから落ちてしまうから
夏休みは子どもにも手伝ってもらい
自宅で点滴最低限の点滴をしてもらいながら
元気なころから延命はすふなと拒否していた父を
8月に看取りました。
その後も、葬儀やらなんやらで
落ち着き始めたのは49日を過ぎてから
安藤かずさんが
介護の後鬱になったと言われてたけど
介護後鬱に近い感じ
そして
その
49日の日に
次女の同級生のお母さんがなくなりました。
彼女は私と同じ年
突然の死でした。
死を身近に感じました。
今生きていることが
奇跡
明日は無いかもしれない。
本当にやりたいこと
やらなきゃいけないことを
大事にしたいと思い始めたんです。
そしたら
途端に
今やってるカフェが
『これじゃ無い』
『私がやりたいカフェ、やらなきゃいけないカフェじゃ無い』
と、漠然と思うようになってきました。
理由はおいおいと書いていこうかと思いますね
おじいちゃんから引き継いだ田んぼ
カフェでお出ししているお米は
自家製です。
だからこそ
大切に味わって食べていただきたい。
できれば玄米を
田んぼの一角で
野菜も育てていこう
野菜を美味しく食べられるカフェ
ならば
やりたいのはヴィーガン料理やマクロビ?
勉強してみたけど
魅力的だけど
それも私のやりたいことと違う気がする。
何にひっかかってるのかは
ずっとわからなかったんだけど
乳製品を避けて豆乳をメインにするということは
食料自給率の低い日本では
輸入を前提にするということ
自給率の高いのは
牛乳、卵、お米くらいだったと思う。
はた!と気づく
私は農家
もし、体にいいからと
輸入の大豆粉しか食べないと言われたら
どんなに悲しいか
多分酪農家さんの
一生懸命のお仕事も味わいたいんだ
漁師さんがとってきてくれた
旬の魚を食べたいんだ
そっか、地産地消なんだ
そして自給自足なんだ
私がやりたいのは
頑張って作ったお米を
そのまま美味しく食べたいんだ
それを生かす調味料を厳選したいんだ
そして
インスタばえのためではなく
心から笑顔で美味しいと思ってもらうことなんだ
少しやりたいことが
頭の中でまとまってきたところで
それってすごく手がかかることなんじゃないかな
だって、畑を耕すとこからだから
このまま
以前のカフェのメニューを営業するのは違うと思い始めています。
一度Cafe de LICOをしめて
きちんとしてから
やりたいかふえを開こうかと思っています。
まだ、未定ですが
もしかすると
明日には再開してたりして
樹LICOTTO
Cafe de LICO
福山市新涯町1-7-24
084-975-4787