「プロフィール」を書きました♪
ぜひご覧ください。
私は「営業職という仕事」
「今の働き方マインド」
を確立した結果、
「3大コンプレックス」
を乗り越えることができました。
そこから
「営業職女性の働き方改革スペシャリスト」
「ワンオペでも自分らしく圧倒的な売上を」
というコンセプトで
日々のことを発信しています♪
出逢った方々が
自分らしく豊かに過ごせたら
ママや女性管理職の価値観を、
「ワンオペでも自分らしく圧倒的な売上を」
というコンセプトで
日々のことを発信しています♪
出逢った方々が
自分らしく豊かに過ごせたら
ママや女性管理職の価値観を、
日本そして社会全体が
優しい世界に繋がるはず♡!
と感じています。
私の幼少期は
と感じています。
私の幼少期は
「貧乏」
「母子家庭」
「母の見た目」
3大コンプレックスに
打ちひしがれていました…。
お父さんは、
私がまだ母のお腹にいた頃に不在となり、
養育費は1円たりともありませんでした。
母の孤独や苦労はどれほどだったか…。
ほぼ学生上がりの母は
手に職もなければ実績もなく、
コンビニのパートとなりましたが
月8万円のみの収入でした。
私と母は月2,500円という
最安値の市営住宅に住み、
車もお菓子もない生活でした…。
家族旅行は、
最安値の市営住宅に住み、
車もお菓子もない生活でした…。
家族旅行は、
一度もありません。
暑い夏も寒い冬も、
母は朝早くに自転車でコンビニへ出勤。
私は小学一年生の頃から、
一人で起きて食事をして登校する…
という寂しい朝を過ごしました。
私が小学3年生の時に
阪神淡路大震災が発生。
当時は一人の朝が怖くて
布団にくるまっていた記憶があります…。
ある春の日、
鈍行電車で1時間出掛けたことがあります。
それが、当時の私にとっては
まるでハワイ旅行!
朝4時にはルンルン目が覚めて
嬉しくて嬉しくて眠れないほどでした。
(書きながら、涙が出てきます…涙)
みんなが休む長期休暇中だって
保育園も学童もプールも
1回も休んだことがありません。
当時は一人の朝が怖くて
布団にくるまっていた記憶があります…。
ある春の日、
鈍行電車で1時間出掛けたことがあります。
それが、当時の私にとっては
まるでハワイ旅行!
朝4時にはルンルン目が覚めて
嬉しくて嬉しくて眠れないほどでした。
(書きながら、涙が出てきます…涙)
みんなが休む長期休暇中だって
保育園も学童もプールも
1回も休んだことがありません。
どこにも行けなかったから。
先生から
「たまには親子の時間を過ごすよう」
注意されたシーンを鮮明に覚えています。
とっても寂しくて切なかった。
そんな日々ですから、
母には、経済的にも精神的にも
余裕はなかったのだろうと今なら分かります。
いつもイライラして大きな溜息ばかり。
常に眉間にしわが寄り、怖かったです。
健康的な食事とはほど遠く、
不健康に太り髪はボサボサでいつもスッピン。
見上げる母は
不健康に太り髪はボサボサでいつもスッピン。
見上げる母は
いつだって「疲れ顔」でした。
行事や参観日では、
いつも周りのママたちを見て
「お化粧してて素敵だなぁ~。」
「ニコニコ笑っていて優しそうだなぁ~。」
と心底羨ましく眺めていました。
・
・
行事や参観日では、
いつも周りのママたちを見て
「お化粧してて素敵だなぁ~。」
「ニコニコ笑っていて優しそうだなぁ~。」
と心底羨ましく眺めていました。
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そんな幼少期を忘れていた私も、
営業職に就いて15年。
気が付けば
経済的にも精神的にも
そんな幼少期を忘れていた私も、
営業職に就いて15年。
気が付けば
経済的にも精神的にも
自立した生活
「心地よい」と感じる日常
「心地よい」と感じる日常
がここにあります。
思い悩み、汗をかき、涙を流しながら
それでも必死にしがみついていた当時。
そんな日々に
思い悩み、汗をかき、涙を流しながら
それでも必死にしがみついていた当時。
そんな日々に
懐かしささえ感じます。
ぜひ私にご縁を感じたら、
「豊かな働き方」
ぜひ私にご縁を感じたら、
「豊かな働き方」
「豊かな生き方」
のヒントを知っていただき
のヒントを知っていただき
自由で自分らしい会社員
心の余裕があるワーキングマザー
女性らしさ溢れる新たな管理職の手本
となり、
豊かな世界へ一緒に羽ばたきましょう〜!
LINEや読者様プレゼント企画
など考え中です。
ご興味ある方
ぜひお待ちくださいませ。
