事故を起こしてからのあれこれを、
感情の揺れなども含めて事実を記録しています。
前の記事からの続きです。
車での事故の瞬間の記憶がないと言うことと、
私が「わたしの事実」を語ってしまったことから
警察からてんかんの疑いがあるのではないかと言われました。
てんかんである場合、
車を運転すると言う事は大きな過失となりうるようです。
今までてんかんの疑いなど持ったことも持たれたこともなかったので、ふってわいた話に驚きました。
実は私の伯母が、てんかんを持っています。
幼少期から伯母の発作の様子はよく見てきていました。激しい発作の時は本当に危なくて、どこで発作が起こるかでケガの具合も変わってきます。
本人も家族も苦しんできたのを見ていたので、てんかんではないかと言われたときに、本当にいろんな思いが巡りました。
これから先私自身がもう車には乗れないかもしれないと言う不安ももちろんですし、自分にてんかんの疑いがあると言うこと自体が恐怖でした。
自分はてんかんなんじゃないか?
そう思って過ごす日々は、生きた心地がしませんでした。
もしも、またこの前みたいな事故を起こしたらどうしよう。記憶が飛んだらどうしよう。
運転しているとたまに来るフラッシュバック。
衝突の映像と共に、衝撃のエネルギーが身体をかけめぐる。心拍数が一気に上がる。
そして不安に包まれる。
かなりの精神状態だったなと
今振り返ると思います。
これがPTSDって言うんだろうか…
どこか冷静に分析してる私もいました。
何を体験させられているんだろう…
そう思いながらの毎日。
でも、今までの学びが随分役に立ちました。
呼吸や意識をつかって落ち着くことができて、
意識の扱いで切り離すことができて、
なんならリセットして、
講座も、クラスも、させてもらっていました。
よくやった!!と自分を褒めたいです。
家族や友人知人の支えに、本当に助けられました。
何度も嬉し泣きしました。
ほんとうにありがたかった。
そして、あの時ほど、伯母の気持ちに寄り添えた時間はなかったかもしれません。やはり近くで見ていたとは言え、伯母自身の気持ちには到底なれていなかったことが、今回警察から疑いをかけられたことで浮かび上がりました。
彼女の、理解されないという孤独な気持ちなど
痛いほど感じていたのに、
やはり人って、同じような経験をしないことには本当の意味での寄り添いはできないのだと思います。
それが、ハッキリと分かった瞬間でした。
わたしは
てんかんだと証明されてしまうのか、
てんかんではないことを証明できるのか。
分からなくて不安ですが、
とにかく行かなくては何も始まらないと
ひとまずの救急外来の受診にはじまり、
エコー
MRI
脳波検査
と、
検査のために大病院に通うことになりました。
かなり久しぶりにいく総合病院。
それだけで緊張します。
検査のことなど、また次の記事で。