こんばんは。
ラマトの森 山本陽子です
「頑張る」と聞いて
あなたはどう感じますか?
わたしは昔、20歳前後の頃
親戚のおじさんと話をしていた時に
何気なく言われた「陽子も頑張れ!」に対して
プツッ
と音がするのが分かるほどに
完全にキレてしまい
「ふざけるな!!!
頑張れ頑張れって、
もうこれ以上頑張れるわけないだろ!!
何をみてそんなことが言えるん!?」
と、街中の
それもコンサートホールのロビーで
途中休憩の時で混雑していたのにも関わらず
年老いたおじさんに怒鳴って、言い捨てて、
そのまま帰ったことがあります。。。
あの時のこと、
本当に反省して、本人にも時間がたってから謝ったけど
あの時に、爆発させてくれて本当にありがたかった。
あの言葉を引き出してもらえたから
わたしは自分自身があんなに
爆発するほどパンパンになってることに気づけたから。
人間関係って、
それも濃い、親族などの人間関係って
本当に絡み合いながら成長していくんだなと思います。
不思議でありがたいものだなぁと感じます。
昔の爆発した私の様に
「頑張る」ということがわからない人に今日は書いてみます。
日常のいろいろが、自分の心地よい所から外れてしまっている時は
それはそれは苦しくて、何をしてても分からなくて
自分がおかしくなっていく。そんな経験ありませんか?
自分らしさとは違う振る舞いをする様に頑張ってたり
周囲の期待に答えようと、無理をしながら偽りながら頑張ってたり
周囲から仲間外れにされないように
自分の本当の気持ちは見ないふりして頑張ってたり
なんとなくわかりますか?
自分らしさ、
自分の想い、
自分がラクにできること、
自分の心が反応すること、
それらから離れることに頑張る力を使ってる。
離れようなんて思ってないけど
そうなってしまっている。
それは、疲れるし、辛いし、人格が分離したり、体感覚がマヒしたり、チックが出るとか、病気やケガにつながる可能性があがるんじゃないかなとか、想像に易いですよね。
だって自分から離れる行為だから。
自分自身を抑え込む行為だから。
そういう頑張るをやめませんか?と、よく言われます。
頑張らなくていいんだよ、って。
自分が壊れるような無理はしなくていいんだよってことですよね。
人の顔色を見て自分の行動を決めているんだとしたら、
そんな自分がいるんだな…ってちゃんと気づいてあげて、
本当は自分はどうしたかったのかな?って感じてあげる。
行動できるかどうかは、その時の状況にもよるだろうから
自分を犠牲にしない判断をしたらいい。
自分の想いだけにまっすぐに行ける人もいるけど、
必ずしもそれが正解ではなくて。
あなたをとりまく状況下で、
あなたがどう判断してどう行動するか、
それは正解不正解ではなく、
単純にあなたがどうしたいかを決めればいいので。
正解といわれるものは全部あなたの内側にあるから。
でも、この、正解は全部あなたの内側にある、って
実は結構きついんよね。
今まで外側に合わせることを基準としてしまっていた人間にとっては
自分で決めていいって言われても、怖かったり、不安だったりする。
わからないって感じる。
わかりたくない、っていう方が合ってるかもしれない。
それは、全責任が私にあるって言われてるような気がするから。
選んだことが不正解だったら怒られるんじゃないかとか、
何か困ることになるんじゃないかとか
自分を大切にする経験が少ない人にとっては
自分を大切にすることが怖かったりする。
私もそうだったから。
本当に小さな小さな練習からするしかなくて
自分が無意識にしている反応に気づいていくしかなくて。
誰かが手取り足取り教えてくれることではないし
自分が自分に気づいていくこと。
その過程には、他人の関わりがあったほうが早くて。
他人の視点とか意見とか、
他人との摩擦によって気づかせてもらえたりするから。
仕事とか学校とか、自分の外側の世界とのやりとりの中で
気づいていく。それが大切になる。
この気づいていって
自分自身を知っていくことにかかる時間は
コツコツが必要だから一瞬ではできない。
ましてや何かの講座を受けてとかセッション受けてできるようになることはない。
自分でコツコツ、自分自身に向き合うこと。
自分の生活を丁寧にすること。
自分の内側の反応に気づいていくこと。
時間がかかる。
自分がいままでどれだけの時間を
外側基準で、自分をおろそかにしてきたか考えてみると
そのやり方を外して、逆の内側に向けるのに
どれだけの時間と勇気がいるかは想像はつくかな?
小さな時にできていたら楽勝だったことを
大人になってからするんだもん。
余計に怖いし、一度得たものをアンインストールして新たに自分の感覚を得ていく訳で。時間が必要。
でも、ここは外せないんだよ。
自分自身の人生を生きていくのなら
自分らしく人生楽しみたいと思うなら
このパートは丁寧にやり切るしかない。
そして、自分の感覚に気づけるようになったら
不必要なこともわかってくる。
もう持っておく必要はないな、
この想い、この習慣、もういらないな。
そんなことを手放していく。
そこにももう一段階、勇気と力が必要になる。
向き合って、統合していく。
ひとつにしていく。
私自身は、この一連の、一番めんどくさい部分を担当してるんだと思う。
正直、他人様のこの部分に付き合うのは、本当に大変で(笑)
でも、ここが一番大変だけど
ここをやり切れたら
自分がひとつになる感覚とか
これが私だ!っていう帰ってこられたような安堵感とか
ここから自分の人生やり切ろう!ていう力がわく感覚とか
本当の意味での、あなただけのユニークな人生があることに気づいて
思う存分あなたの人生を謳歌してもらいたいから。
それがあなたのためになるのはもちろんだけど
実は私のためにもなるし
こどもたちのためになるし
困ってる人のためになるし
地球のためにもなるから。
こんな大変だ、時間が必要だ、なんて書いて(笑)
だれが本気で来てくれるだろう…
でも嘘はきらいだからさ…(;'∀')
ここまで来たときの「頑張る」は
純粋な、よく聞く、一般的な「頑張る」なんだよ。
やりたいことをやるために力を尽くす。
やりたくないことが出てきても目標地点が見えるから頑張れる。
頑張ってる人をみて感動して応援したくなるし
「頑張る」の世界線が変わるよ。
きっと、今私がみている世界線よりも
もっと違う世界線もあるんだろうと思ってて。
だから私は、自分がこうなりたいって思える在り方をしている方に
会いに行く。その方々と話をする。言葉をいただく。
成果じゃなく、在り方で選ばせていただくのがこだわり。(笑)
もちろんそういう方って成果も取ってらっしゃるよね。
今日この文字を書こうと思ったのは
自分自身を生きようって思って、もがいてる人のつぶやきを見たから。
より良くなりたい!
より純度高い自分として生きたい!
そのために感じようとしているのをキャッチして。
そんな気持ちが、昔の自分とリンクして。
書いてみました。
考えるんじゃなくて感じる。
Don't think, feel!!!
ということで。
よろしく☆