ラマトの森 山本陽子です。
自分の内側で、面白い気づきとなりましたので
ここにシェアさせていただきます。
私はもともと自虐的な部分が多くあり、
過去の自殺未遂のように
外側に現象として出るものもあれば、
自分の内側で思考での自虐行為に
陥ってしまうような
そんな部分もあります。
そして、その自虐的な部分を何とか捨てて、
超えて、変えていきたいとずっと願っていました。
捉え方を変えて、
それはちがう、こちらが正解!と変えていく。
そうすればするほどに
私の場合は悪循環に陥った。
変えようとする、直そうとする、
そのたびに沼にはまり込んだみたく
ズブズブ深くに行ってしまってた。
否定したり
変えようとすること
これこそが間違いだったと
今日本日気づいたんです。
たとえ話が分かりやすいので書きますね。
盗みをすることが好きな人がいるとします。
どうしてこの例え…(笑)
人のものを取ることが好き。
泥棒することが好き。
人の彼氏を人の彼女を取りたくなる。
人が持っている持ち物を取りたくなる。
もちろん盗む行為は良くないことなので
実際の行動にはしないように
自分を律することは必要です。
でも、盗みが好きだから
どうしてもそれを思ってしまっている自分がいるし
そんな想像をしたら笑みがこぼれる。
そういう人がいる。
えーって思いました?
いやいやきっとみなさんの内側にも
消し去っているだけで、ありますよ、そういうなにかしら黒い自分。
感じてあげてない方が微妙じゃん…と私は思っちゃうけど。
こういう時に、
その人がそれを思うことや
盗みが好きだと感じることさえ
ダメだ!ダメなんだ!!と言って、
それはダメな考えだ!
そんな人間はダメだ!と、
その人そのものを否定する。
それがいらないよってことなんです。
私も自分自身に対して
そうしてきていたように感じます。
そうではなくて、
思ってしまうことは仕方ない。
感じてしまっているんだから、その感覚は事実。
それが今のあなた。
そこを否定する必要はない。
あるんだもの。
ただ、実際の社会生活で
それを実際にしてしまうと、
犯罪になったり、人から後ろ指をさされたりするようになるから
しないようにするだけ。
その理性は育てていないと困るのだけど…
その感覚はそのままでいい。
そんなになかったことにしなくてもいい。
そして、理想は、
その感じていることやエネルギーを
他のことや他のものへ少しずつ
移行していけるといいということ。
わたしで言うと、
自責で考えるのはいいことだけど、
それが痛めつける考えにまで至る。
さすがに子どもが生まれてからは
自傷行為はできなくなりましたが、
思考の中での自傷行為は続くわけで…
これは自分に厳しいということもできるでしょうが、
これをしている自分を上から否定もしてたから。
だってね、変わらないとって。
こんな自分は自分じゃないって
そう思いこもうとしてたから。
でも、今日のこの気づき。
この自傷行為を上塗りして責め立てるから
余計に苦しくなるんだと。
実際の行為はしない。
それでもういいのよ。
上出来なんだ。(笑)
内側でしてしまうものは仕方ない。
感じてしまうものはしかたない。
事実だから。
細かな部分に気が付いて
それを修正したいと感じるからこそ
こみあげてくる自責だし、
もっとこうしたかった
もっとこうだったらよくなるのに
その声は紛れもなく私自身。
その莫大なエネルギーを
(ほんと、死のうと思うほどのエネルギー、
よく自分の内側でぐるぐるさせてるわ…w)
どう変換するのか。
どうすべらせるのか。
それだけなんだなと。
変えなくていい。
自分を変えようとするから苦しくなる。
正解はどこにあるのかと探し始める。
正解か不正解かおびえることになる。
正解は自分の中にしかない。
自分らしくいることを一番大切にしていかないと
人のためにも自分のためにも生きられないから。
変えなくていい。
認めてやったらいい。
そう感じていること自体、自分なんだよ。
きっと、今日のこのブログ、
何を言っているのか
わからない人もいるんだろうなと
思いながら書いています。
これが分からない人もいて当たり前だし
わかることが良いことでもないし
わからないことが良いことでもない。
いろんな人間がいて
だからこそカラフルで
幅があって
厚みがでるんだから
だから本当に
繊細で、天才なみなさんに
鈍感で、多才なみなさんに
自分を大好きでいてほしいなと思います。(笑)
いままではダメだと言われ教育されてきたような部分。
それって才能の部分がたくさんあるから。
自信をもってもらいたい。
私も含めて。
こんなに繊細で
こんなに感受性豊かで
いま共にこの地球にいられて
こんなに奇跡なことってないなって。
そう思っています。
読んでくださってありがとう。
