脳内シュミレーション
以前わたしも大好きでした。
脳内で繰り広げられるシュミレーション。
妄想とも呼びますでしょうか?
脳内活動は、
もちろん悪いことばかりじゃないですよね。
自分の夢をイメージする、
どういう風に夢を叶えていくか
インスピレーションがくることもあるでしょう。
先のイメージを
感情というワクワクを伴った形ですることで
それはより引き寄せやすくなると言ったりもします。
が。
が、しかし。
脳内だけで終われば、
脳内だけのもの。
過去の自分を思い出しても、
脳内会議ばかりして、
行動しなかった時は
とっても動いたきになって
(脳内ではメチャクチャうごいてる)
とってもいい動きができた気がして
(脳内では自分もいい動きをして、
周りもめちゃくちゃ喜んでくれてる)
満足して終わる。
というね![]()
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悩みを考えてるときもそう。
どうしてこうなったんだろう。
あの時どうしたらよかっただろう。
あの時こうしていたらこうなってたかな。
あの人きっとこう思ってた。
え…それって何で?
ずっと、こんなのが続くわけです。
すんごい疲れるんよね。
出口のない迷路を彷徨い続けるんだもの。
今はね、よくわかる。
目標ができたり、
夢ができたりしたら、
じゃあどうしたらそれが叶うんだろう…て考える。今私、どこにいる?どこまで行きたい?はっきりさせる。
(これはいつでも変わっていい。現在地を知っとくことだね。)
そんなこと言ったって、
どうしよう…
そんなことできるかな…
不安になる…
そんな時は、
とにかくひとつでも何か動いてみる。
そうしてたら、
きっと次につながる。
脳内で想像して、
脳内で会話して、
完結っていうのは
自己満足であり、
自分自身からの逃げであること、
今の私にはよくわかる。
ホメオスタシスの恒常性にまんまとハマる。
知ってるのとできるのは違う。
知ってても、変化を受け入れられなかったら、まだ変化はできない。
あの時のわたしは、そんなことこれっぽっちもわからなかった。動ける人が羨ましいなと思ってた。まだ自分が満ちてなかったんだろうね…。
準備が整ってなかった。
そして、これやりたい!とか、こうでありたい!とかっていう決意もなかったんだよね。
もし、悩みができて
脳内会議がおさまらなくなったら
聞ける人になら
「どうして○○て言ったの?
寂しかったんだけど。」とか言う。
「なんかザワザワしたんだよね…
あれ、どういう意味だったの??」て聞く。
素直にコミュニケーション取れる人が
周りに増えてくればくるだけ
私自身がラクになる。
本音で生きるのが容易になる。
直接聞きづらい人に対するワサワサは、
わたしは夫に聞いてもらう。
話しているうちに、
自分が何に引っかかっていたかがわかる。
そうしたら、もう自分ごとになるから
その他人様へは感謝しか残らない。
私を見せてくれたことへの感謝。
とにかくね、
脳内だけで終わらせるのはやめて
表出したらいいのにと思う。
メタバースが進んで、
思ったことが100%筒抜けで、
即座に実行される世の中になるのは
どのくらい先だろうね…
その時に、まっすぐな自分の意図を
表現できるわたしになってられたらいいね![]()
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感じたことを
すぐさま行動に移せるくらい
神様と一致して生きてられたら
どんなに楽しいだろうと思う。
身体を使って
自分の命を表現しよう![]()
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わたしもまだまだ挑戦だー![]()