ある日のニャン寺、本堂。
ジャンジャン和尚は、
分厚い書類を抱え、
トラ住職の前に正座していた。
表紙には大きく――
『ジャンジャン和尚の団子学
全国現地調査・第一期計画書』
トラ住職
「……嫌な予感がするな。」
ジャンジャン和尚
「学問への期待でありますな!」
トラ住職
「違う。」
ジャンジャン和尚は、
計画書を勢いよく開いた。
ジャンジャン和尚
「全国各地へ赴き!
実際に食べ、見て、香りを嗅ぎ、
必要なら二本目を食べる――」
トラ住職
「必要になるのか?」
ジャンジャン和尚
「研究とは、常に必要を発見するものであります!」
トラ住職は、
計画書に目を落とした。
トラ住職
「交通費、宿泊費、資料代……」
ジャンジャン和尚
「はい!」
トラ住職
「“予定外の名物に備える緊急おやつ費”とは何だ?」
ジャンジャン和尚
「学問には不測の出会いがあるであります!」
トラ住職
「“調査後の反省会用団子”」
ジャンジャン和尚
「反省は大切であります!」
トラ住職
「“反省が深まった時の追加団子”」
ジャンジャン和尚
「深い反省には、深い甘みが必要であります!」
トラ住職
「却下だ。」
ジャンジャン和尚
「早いであります!!」
トラ住職
「そもそも三泊四日の予定が、
なぜ“団子屋の定休日に備えて五泊六日”になっている。」
ジャンジャン和尚
「学問には余白が必要であります。」
トラ住職
「それは余白ではない。食休みだ。」
ジャンジャン和尚
「拙僧の研究人生が……!」
トラ住職
「寺の財布を食べ歩きに使うな。」
ジャンジャン和尚
「食べ歩きではないであります!
歩いて、食べて、考える……
これは“歩食考”であります!」
トラ住職
「新しい言葉を作ってごまかすな。」
村長室。
次にジャンジャン和尚が向かったのは、
チビ子村長のもとだった。
チビ子村長は、
机の上の書類を見ながら言った。
チビ子村長
「また何か壊したのか。」
ジャンジャン和尚
「壊してないであります!」
チビ子村長
「では、何を食べた。」
ジャンジャン和尚
「まだ食べてないであります!」
チビ子村長
「なら、これから食べる話だな。」
ジャンジャン和尚
「話が早いであります!」
チビ子村長
「早くない。嫌な予感が早い。」
ジャンジャン和尚は、
計画書を机いっぱいに広げた。
ジャンジャン和尚
「村の文化振興のため、
全国の団子を調査したいのであります!」
チビ子村長
「ほう。」
ジャンジャン和尚
「皆さまに、知られざる食文化と笑顔を届ける、
壮大なる事業であります!」
チビ子村長
「予算案を見せろ。」
ジャンジャン和尚
「こちらであります!」
村長は、静かに読み始めた。
チビ子村長
「“食べ比べ用・同じ団子三本”」
ジャンジャン和尚
「一本では分からないこともあるであります!」
チビ子村長
「“口直し用の団子”」
ジャンジャン和尚
「甘さの違いを確かめるためであります!」
チビ子村長
「“団子を待つ間に食べる軽食”」
ジャンジャン和尚
「空腹では正しい判断ができないであります!」
チビ子村長
「“帰り道で団子を思い出して食べる団子”」
ジャンジャン和尚
「余韻もまた、研究であります!」
チビ子村長
「却下だ。」
ジャンジャン和尚
「村長まで早いであります!!」
チビ子村長
「村の予算は村のために使う。」
ジャンジャン和尚
「団子は村を明るくするであります!」
チビ子村長
「まず、お前の顔だけが明るくなっている。」
ジャンジャン和尚
「拙僧だけでありますか!?」
チビ子村長
「この予算で村の街灯が十二本直せる。」
ジャンジャン和尚
「団子も丸く光るであります!」
チビ子村長
「光らん。」
夕方。
すっかり肩を落としたジャンジャン和尚が、ぽん太の作業部屋へやってきた。
ぽん太は、
パソコンでトラの昔話とニャン寺の記事を編集していた。
ぽん太
「どうした?雨に濡れた段ボールみたいな顔をして。」
ジャンジャン和尚
「調査費用が……消えたであります。」
ぽん太
「最初から、まだ出ていないんじゃないか?」
ジャンジャン和尚
「トラ住職にも村長にも、却下されたであります……。」
ぽん太
「うむ。正しい判断だ。」
ジャンジャン和尚
「ぽん太殿まで!」
ぽん太は計画書を受け取り、
一枚ずつ読んでいく。
ぽん太
「……一県につき、団子屋を十四軒?」
ジャンジャン和尚
「比較対象は多いほどよいであります!」
ぽん太
「“団子を食べるための体力づくり用団子”?」
ジャンジャン和尚
「研究者の健康管理であります!」
ぽん太
「これは団子学じゃないな。」
ジャンジャン和尚
「何学でありますか?」
ぽん太
「団子の遠足。」
ジャンジャン和尚
「ちがうであります!
拙僧は真剣であります!」
ぽん太は、
少しだけ考えた。
ぽん太
「……仕事が空いた日なら、近場の調査に一緒に行ってもいいよ。」
ジャンジャン和尚
「……え?」
ぽん太
「現地で見て、食べて、
ちゃんと記事にするならな。」
ジャンジャン和尚
「本当でありますか!?」
ぽん太
「ただし予算は決める。
調査先は一日一か所。
食べるのも一人一品まで。」
ジャンジャン和尚
「一人一品……!」
ぽん太
「あと、団子以外を勝手に研究対象にしない。」
ジャンジャン和尚
「……たこ焼きは?」
ぽん太
「だめ。」
ジャンジャン和尚
「おやきは?」
ぽん太
「だめ。」
ジャンジャン和尚
「串に刺さっていたら――」
ぽん太
「だめ。」
ジャンジャン和尚
「粉で包んで丸ければ――」
ぽん太
「もっとだめ。」
ジャンジャン和尚は、
しばらく固まった。
そして、ぎゅっと両前足を握った。
ジャンジャン和尚
「……厳正なる調査を、
心がけるであります。」
ぽん太
「その目、完全に旅行の目だ。」
ジャンジャン和尚
「では早速、予定を――」
ぽん太
「まだ決まってないからな。」
ジャンジャン和尚
「まずは荷造りであります!」
ぽん太
「まだ決まってないからな!?」
その夜。
ジャンジャン和尚の部屋には、なぜか巨大なキャリーバッグが置かれていた。
中には着替え一組。
そして――
空の保存容器が三十個。
ジャンジャン和尚
「ぽん太殿との初調査、
いつでも出発できるであります!」
テツオ
「……まだ日程も場所も決まってないぞ。」
ジャンジャン和尚
「準備は、学問の第一歩であります!」
ジジツー和尚
「その箱、全部おみやげ用にゃ?」
ジャンジャン和尚
「研究資料用であります!」
テツオ
「同じ意味だろ。」
ジャンジャン和尚
「次の調査が、楽しみでありますなあ……。」
テツオ
「まだ一度も行ってない。」
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