― 用心棒(自称)、動かず ―
夜。
本堂の灯りは、一つだけ残っている。
人はいない。
説法もない。
ただ、席だけがある。
テツオは、本堂の端に立っていた。
腕を組み、いつもより深く息を吸う。
見張りだ。
……誰も来ないのに。
座布団は、二つ。
一つは、今日使われた跡がある。
もう一つは、ずっと使われていないのに、一度も乱れていない。
テツオは、その前を通らない。
近づきすぎると、守れなくなる気がした。
夜風が、本堂を抜ける。
灯りが、ふっと揺れた。
テツオの耳が動く。
(……来たか?)
来ない。
それでも、テツオは動かない。
床が、きし、と鳴る。
自分の足音だ。
「……静かにしろ」
誰に言ったのか、自分にも分からない。
木魚を見る。叩かれていない。
だが、叩く位置が、ちゃんと覚えられている。
テツオは、それを知っている。
背中で、何度も聞いてきたからだ。
夜が深くなる。
テツオは、一歩だけ前に出る。
座布団の前で、止まる。
触らない。
直さない。
そこにあることを、
確認するだけ。
「……問題なし」
低く、短く。
報告は、誰にも届かない。
それでいい。
夜明け前。
鳥が鳴く。
テツオは、腕を組み直す。
少しだけ、力を込めて。
誰も来なかった。
それでも、席は守られた。
それだけで、用心棒の夜は終わった。
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