いざ岩手へⅢ~ボランティアのたまご~ | 【色のね表現セラピー】ようこそ、色とつきあう毎日へ

東北の災害ボランティアから帰って1週間以上経つ。

随分大阪も寒くなったな。


◆Ⅰボランティアへ行こう

◆Ⅱ遠野まごころネット


◆Ⅲ~ボランティアの欠片~


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一日目

ガレキ撤去(陸前高田)→地域のお祭りで自由行動

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朝の朝礼が終わったら、こんなバスに乗って行きまっせ~。


安全長靴に、釘踏んでも平気なように鉄板入り中敷き敷いて、準備完了。

なんてったって、アタイの足は23サイズなので 泣 

仕方なく買った24サイズ~の長靴に、分厚い靴下履いて、がっぽがっぽ と歩くのだ。


ふふん、何故か少し、誇らしかったりむふ



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陸前高田、気仙町の一角。


山際と田んぼの間に落ちたガレキや、木や、腐って溶けてるサンマなんかを取り除く作業。

ボランティアは業者の入れない細かな場所をきれいにするので、そんな重労働でもなく

女子でも全然大丈夫。


めちゃめちゃヘドロ臭いけど、まぁそれは女子でも男子でも、関係ないわな。


途中、ひどく被害を受けた場所をバスで通過する。

夏に私が歩いた場所も、随分ガレキが取り除かれている。


今回活動した場所も、私にとっては、以前どのような場所だったかは、もう想像できない。

ただ、広がる広場のような場所。開拓地のようにさえ。

そこは、数カ月前は誰かの生活が営まれてた場所。


ずっと活動されてる同じグループのおじさんに


当初、ここ全面、家やガレキが山だったんだよ。

そこをかき分けて、流れ込んだ腐ったサンマを取り除いていったんだよ。


と教えてもらった。


春先に来た学生ボランティア達は、帰ってから、受けたショックに心のケアが必要で

たくさん病院へ通ったらしい。

夏には、あまりに強烈な匂いで病院へ担がれた人もいると。



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私には


その時の壮絶さを想像しても、限りがある。

だから、何も考えず、とにかくこの場所を精一杯丁寧にきれいにしようと思った。


本当にヒートテックが汗だくになる。

労働嫌いの私にしたら、上出来。


そう。想像は私に限界をつくる。だったら汗かいて動いた方が、小さくとも一歩進むこと。

あるんだよね。



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昼からは、地元のお祭りで自由行動。


この人ら誰か、よー知らんねんけど。吉本の漫才師。みなさん集まって大笑いしてた。


祭りに向かう道すがら、歩いてるじーちゃん・ばーちゃんから「吉本の人が来るらしいっぺ」

という言葉を何十回と聞く。すげー期待度やないですか!


う~ん。笑いを起こさせるってすげー仕事だ。

震災当時に避難所を回るコロッケに、芸人魂を感じたんだよね。


歌とか、ダンスとか、笑いとか、そういう瞬間的にスイッチを押す事が出来るもの。

そういう事に尽くしてる人がいる。


その事に尽くす努力。私には出来ない分、ちょっと憧れたりなんかして。


よく人は、他人の喜びや幸せの為に尽くして生きようとする様を、

「偽善」と言い変えたりするけど


私はそうは思わない。


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人は、自分の命を、ただ一生懸命尽くして、燃やして生きる。それ以外に術がない。

自分の命を誰とも分け合う事は出来ない。


誰もが自分に公平に与えられた命を、自分が背負って全うしなければならない。

分け合えないからこそ、命は孤独だ。


だったら、生き方くらいはせめて、人と分け合いたいと思う。


人の喜びや、人の幸せを、人の苦しみや、悲しみを

共に分け合いたいと思う。出来る事であれば、精一杯尽くしたいと思う。


私の生きる道程で、もしそれが出来ないのであれば、

この孤独をどう背負って良いかが、わからないから。


もし、それが出来ないのなら、何の為に生きるのか、私は、見失ってしまう。


自分の為だけに、孤独な命を全う出来るほど、私は強くは、いれないし。



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岩手は劇的に自然がきれい。

けど、あの漫才師、ほんま誰やったんやろ。



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ブス満開で失礼しやす。

東北のお野菜、めちゃめちゃ美味いぞ!