「11」について考える。11/11/11 PM 11:11
岩手遠野からの風景。きれいだね。
3月11日以降、確実に崩壊した「何か」、があるって事を、忘れてはならないと思う。
それは決して被災地が負った直接的な崩壊だけではなくって。
震災後、たくさんの人が
「冷静に、自分たちの生活をきちんとしよう。それも東北を支えるって事だ」って言った。
そういや、私も何度も「冷静に」「冷静に」と言われたよ。
何だか、動揺して焦って突っ走って失敗している自分が
めちゃんこ未熟者に思えて、恥ずかしかった事を思い出す。
でもさ、私は言いたいよ。
その時、「今は冷静に」って言葉かけが、
結局のところ「無関心」って事なんじゃないの。
どんな大きい崩壊を負っても、直接降りかかった傷でなければ
忘れたように生きる事ができる。そう、現実はたやすい。たやすく見える。
町には、それを忘れさせてくれるたくさんの〝欲〟が、充満している。
なりたい自分や
果てしない理想を追いかけて
そんなもん追って、まやかしの頂上を目指して、求めて、
満たされないまま登り続ける位なら
どいつもこいつも夢なんて見るな。上なんて見るな。
自分だけを満足さすが為の欲を、その労力を、皆がたやすく夢と呼ぶなら
私は思いきって、夢を捨てよう。
いつから人は、夢と欲をごっちゃにしてしまったんだろう。
表現家 明日香
