しかも、もの凄い集中して聴く。
しかも、人の壮絶なドラマを自分のもののように体感して聴く。
自分のことのように、一緒に涙を流しもするし、一緒に頭を抱え、一緒に傷ついたりする。
これには異論があるセラピストもいるかもしれないが、
私の尊敬するセラピストはそういう人間味溢れたセラピーをされていたので、
私はそれで良いと思っているし、
自分もそういうデリケートでセンシティブなセラピストでありたいと思っている。
しかし、そうなるにはまず越えるべき壁がある。
それが、自分自身のカウンセリング。
セラピストが「自分は大丈夫!心の勉強したし、たくさん本読んだし!」と思うのは
大間違い。
クライエントの話を聴きながら、自分自身の傷口が開いていく事がある。
多々・・・
いってぇ~(泣)
随分前の事だから、もう癒えたと思ってたのにな
と、クライエントの話に触発されて、スイッチが入るのだ。
こうなってくると、
クライエントを癒したくてセラピーしてんのか、
自分が癒されたくてセラピーしてんのか・・・
よくわからん状態になる。
これは本当にセラピストが絶対してはいけない事で、罪。
クライエントを傷つけるし、結局自分にも傷が残る。
(そもそも、セラピストのような心を扱う仕事を目指したということは、
人の心や痛みにデリケートな人が多い。
自分が傷つきやすい性質で、人にたくさん傷つけられてきたから、
私は人を癒したい―と。)
だから、自分が癒したい人の為にも、まず自分がカウンセリングを受けて、
過去やトラウマや痛みや膿を全て出し切る必要がある。
私自身が、カウンセリングやカラー・アートセラピーの勉強中に
自分の膿は全て出し切っていたと思っていたが、
今年夏に参加したゲシュタルト療法の高野山WSで、
それは大・勘違いだった!と打ちのめされた。
合宿中、朝から晩まで、誰の話を聴いても、涙が止まらんくなったのだ。
こりゃ、日常生活に戻れないんじゃ?と焦ったくらい。
人の話なのに、無意識で自分に投影してしまい、涙がどんどん溢れる。
息をするほど容易く涙が出るから困った。
そして、
自分自身にまだこんな解消されてないスイッチが、
たくさん残っているのだと言う事に驚いた。
ゲシュタルト療法、尊敬する倉戸ヨシヤ先生が
「自分もゲシュタルトを習い始めた時、誰の話を聴いてもスイッチが
入ってしまい、毎日涙が止まらなくなった」と言われてたのが印象的。
セラピストとクライエント。
人の心と触れ合い、向かい合うという事は、
それほど、自分も揺さぶられると言う事だ。
では、セラピストを誰が癒すのか。と考えてほしい。
カウンセラーには
『教育分析(educational analysis):自分がカウンセラーにカウンセリングを受け、
自身の課題と自己理解を深ること。 』というものがある。
不思議なことにセラピストでは、あまり聞かないが。
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だから、私は教育分析なんて、デカい事は言えないが、
セラピストの為のレッスンをしている。
一人でも多くのセラピストが、自分が癒えたい為ではなく、
本当に人の為に、ちゃんとセラピーして欲しい。
カラーセラピストやアートセラピストの為の、カウンセリングのようなレッスン。
前置き長くなっちゃいましたが、
今日はそんなセラピストの為の、アートセラピーレッスンでした。
レッスン風景はこんな感じ↓
十数時間のレッスン。
本日は中性色の緑~寒色の青系の〝色の深め〟。
個人のヒストリーによって、色を深めていくので、キーワードは様々。
単に緑は〝癒し〟、青は〝精神性〟とか、そんなもんは個人個人には当てはまらんくて、
でも、最後に、落ち着くとこに落ち着く。
それが、結局〝癒し〟でも〝精神性〟でも良い。
自分が導きだした答えであれば。
ここから、数枚描くと、最初のイメージから変化していきます。
(そこからは、プライバシーなんで、ないしょ♡)
言葉を紡ぎ、色を描き、イメージを思い起こし、も一度言葉で対話し、
五感・第六感フル稼働。
心の奥は深すぎる。でも動くって気持ちいい。ってわかれば上出来。
お土産の甘いケーキを、美味しく頬張りましたとさ♡
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