「16年ぶりに夫と向き合う作戦」始めています。
子どもの話がなくなったら、私たちは何を話すんだろう?
今までは、話すことなんていくらでもあったんだけどな。
そうだ。
私たちは漫画が好きだった。
漫画の話をして、それがきっかけで仲良くなったんだよね。
「あの漫画、読んだ?」とか
「読んだ。あの話めちゃくちゃ面白かった」とか
そんなふうに話していた。
新しい漫画を見つけると教え合ったり、好きな作品について延々と話したり。
今思えばくだらないことでよく笑ってたなー。
でもそういう時間が楽しかった。
あの頃は子どもがいなくても話すことがあった。
二人でいるだけで、それなりに時間が過ぎていった。
今でも夫は漫画を読む。
私も読む。
そこからもう一度話を始めてみようかな。
別にたいしたことじゃない。
何もしなかったら、これからますます話さなくなるかも知れないし。
子どもたちのいない休日。
食後、いつものように夫が自分の部屋へ行こうとするので…
「ねえ、そういえばさ。最近、あの漫画読んだ?」
「うん」
「どうだった?」
「まあ、普通」
……え?
終わり?
もう少し何かあるんじゃない??
どこが面白かったとかさ、誰が良かったとかさ。
「私はあのキャラがさ」とか「あの展開はどうなの」とか。
昔なら、そこからいくらでも話が続いたような気がする。
いやいやいや。
続いていたのは本当に「昔」だったのか??
もしかしたら、あの頃もこんな感じだったのかもしれない。
私が勝手にしゃべって、夫が聞いていて。
私はそれを「一緒に盛り上がっている」と思っていただけなのかも。
せっかく話しかけたのに…。
久しぶりに、子どもの話じゃないことを話そうと思ったのに。
ちょっとイラっとした。
そして、それと同じくらい寂しかった。
こんなものなのか私たちって…。
でも、よく考えてみれば昔からこんな人だったかも。
私が話すのを聞いて必要なことだけ返す。
大阪人だからと言って派手なリアクションもない。
話を盛り上げようとも、無理に話題を広げようともしない。
そうそう、そういう人だったな。
それなのに私は、夫が変わってしまったように感じていた。
子どもが大きくなって、夫婦だけの時間が増えたから
夫の反応の薄さが目につくようになったのかもしれない。
今までは、子どもという大きな存在が私たちの間にいて。
話題もあったしやることもあった。
毎日の生活を回すことに必死だった。
だから、夫がどんなふうに私と向き合っているのかなんて
考えることもなかった。
でも今は少しずつ生活に余白ができている。
その余白の向こうに夫がいる感じ。
私は「昔の二人」を探してしまってるのかも知れない。
そう思ったらなんだかしょんぼりしてまった。
次回に続きます!
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