どうも~、Iraです。まだまだ入院中です。
早く家に帰りたい…ほったらかしになってるPCや録画などが
すごく気になってます。
私の部屋のテレビも毎朝おはようタイマーでスヌーズ機能で自動的にテレビがつくので
母が毎日消しに入っては、スヌーズでまた点く…消す…を繰り返しているらしいです。
おはようタイマーを止めるのを覚えてくれたらいいんですが、機械オンチなので全く覚える気がないようです。
リハビリとか食事制限とか、つらい病院生活を必死で頑張って
1日でも早く帰宅出来るように日々精進しています。
入院生活の詳しい話はまた帰ってから。
さて、何日か前にmixiニュースで話題になり、ネットで騒がれた後、
テレビでも話題になってちょっとしたパニックを起こしていることがあります。
明治のスナック菓子、「カール」が東海以東で販売終了となり、「小つぶカール」や「カレー味」なども
販売終了になる…とのこと。西日本では四国工場で生産される分を引き続き販売するそうです。
つまりうすあじとチーズ味は関西圏では残るんですね。
でも昔からあるカレー味はなくなってしまうんです。(T_T)
実は私にとってカールのカレー味は特別な思い出のあるお菓子なんです。
私の家の隣は祖父母と父の兄弟妹が住む母屋で、うちは分家です。
父の兄弟のうち何人かは結婚や独立で他に住んでましたが、
まだ独身だった叔母や叔父が祖父母と住んでました。
私が3つの頃、それまで会ったことがなかったいとこが叔父と一緒に来ました。
私と同い年で、私より2ヶ月ほど誕生日が遅い男の子です。
それまで父方のいとこは4人いて、私より年上が3人、同学年で早生まれが1人。
皆しょっちゅう母屋に遊びに来るので仲良くしてました。
でもそのいとこは初対面。実は叔父は祖父に結婚を反対されて家を出てたんです。
その叔父がいとこを連れて離婚して戻って来たんです。
それからいとこは母屋で暮らすようになりました。
祖父はとても厳しく、無口でちょっと怖い存在でしたが
祖母はとても優しく穏やかでよくできた人でした。
食事は母や叔母が作ってましたが、祖母が漬けるぬか漬けは絶品でした。
働き者で生真面目な祖母は、線路の向こうの市場へ買い物に行ってました。
母も買い物には行ってましたが祖母は母屋の物を買いに行ってました。
母屋のミズヤには常に買い置きのおやつがあり、祖父や叔父
父が好きなおかきやあられ、せんべいなどと
安くて美味しいかっぱえびせんがいつもありました。
祖母は私ら孫によくお菓子をくれました。
いとこが来てしばらくした頃、近所に大きな市場「トップセンター」ができました。
棟上げのイベントも芸能人を呼んで派手に行われました。
家から徒歩数分の近い場所でしたから、祖母は毎日買い物に行きました。
市場で配られるシール?と言うか点数券みたいなのを集めてシートに貼ると
何かしらもらえるイベントがしょっちゅうありました。
そんなトップセンターにはお菓子屋さんが2軒あり、一つは駄菓子やあられなどを
中心に置いてる店で、もう一つはテレビでCMをやってるような
メジャーなお菓子を沢山置いていました。
祖母はお菓子屋さんに私といとこを連れてって、好きなお菓子を選ばせました。
私が選んだのは当時まだ発売されたばかりの明治のカール、カレー味。
いとこは同じカールのチーズ味を選びました。
それ以来祖母はしょっちゅうカールを買ってきてくれました。
母屋にはいつもヤクルトがあり、三ツ矢サイダーがあり、
祖母は端午の節句には必ずちまきと柏餅を作ってました。
祖母の作るちまきはニッキ味で甘く、とてもおいしかったです。
保育園に通うまでいとこは一緒に住んでましたが、途中で叔父が
再婚したためにいとこも母屋から引っ越して行きました。
私だけが内孫になりました。でも祖母はよくカールを買ってくれました。
私には優しいおばあちゃんだったなぁ…。
そんなカールのカレー味がなくなってしまう。祖母の思い出の味が消えてしまいます。
非常に寂しいし、残念です。確かに私もスナック菓子はあまり買わなくなり
特にコーンスナックはハウスのとんがりコーンが多いし
口の中の水分を取られるカールはあまり買わなくなりましたね。
味もうすあじが多いです。以前はカレー味のパッケージが黄色だったのに
うすあじにとって変わられました。
祖母は平成になる前の年にこの世を去りました。
父方の兄弟には自慢の母親だったんですが、晩年は認知症が進んで介護が必要でした。
テレビでカールがなくなると放送された途端、楽天でも売り切れになりました。
なんとか販売を継続して欲しいですねえ。それではまた…。
