若桜鉄道の旅、ご覧いただきありがとうございます。
最終回です。
細見川橋梁。
明治中期に造られたプレートガーダーを切断改造して、昭和5年移築されました。
若桜鉄道には、これまでご紹介した鉄橋を含めて文化財の橋梁が6か所あります。
隼号が通りました。
丹比駅 昭和5年。
ここにもパーマ屋さん(美容室)が!!
建物財産標。
ホームには古レールがありました!
カーネギー社(米)1911年。
官営八幡製鉄所 1928年。
八東川。
スノーシェッド。昭和23年。
乗り鉄した時の写真はご紹介済みです。
ロックシェッド。昭和30年。
かっこいいね!
車で若桜駅のほうまで戻ってきました。
ここで若桜鉄道とはお別れです。
若桜郷土文化の里、というところへやって来ました。
文化財の施設が集まっています。
三百田氏住宅。庄屋さんのお屋敷。
元禄7(1694)年に建築されたものを移築復元しました。
立派な神棚。半菊紋?
土間に「ウシノマヤ」があります。
牛は農作業には欠かせない存在で、家族みたいなものだったんですかね。
牛とともに生活があったんですね。
農機具を見るのも好き。
○○式元祖紀念号。
稲を植えたこともないので、
何のための機械なのか、はっきりわかりませんが。
無動山永福寺の山門。
永福寺は廃寺となり、山門はここに移築復元されました。
仁王さん。
素朴な味わいがありますね。
かなり古そうです。
若桜町歴史民俗博物館。
元々は明治40年に建てられた合資会社若桜銀行の建物でした。
銀行の社屋だったんですね!
そういえば、こういう蔵造りの銀行って明治村で見たぞ。
写真がない
(時間足りずにさっと前を通っただけだった)
欄間障子の組子がモダンです。
展示資料はいろいろありますが、
戦後80年ということで戦争関連の展示がありました。
若桜駅。
当時、アメリカでは原爆投下は当然の報いという人も多かったようですが、
この写真を撮影したジョー・オダネルは、原爆は間違いだったと言いました。
郷土文化の里から移動して
最後は、不動院岩屋堂。
三朝町の三佛寺投入堂、大分県の龍岩寺奥院礼堂とともに日本三大投入堂の一つで、昭和28年に国の重要文化財に指定されました。
約600年前に建立されたといわれ、羽柴秀吉が鳥取城攻めの際にこの付近を焼き払ったものの岩屋堂だけ焼け残ったと言われています。
修験道寺院の建築として知られ、国の重要文化財に指定されている天然の岩窟内にある舞台造り。
※若桜町観光協会「わかさ観光ガイド」より
岩の中にあってすごいでしょ!
これにて、若桜鉄道の旅編、終わりです。
めちゃ楽しかった~





























