「南海電車まつり2023」の資料を読み返していて、思いついた廃線跡歩きです。

散歩がてら行ってきました。

 

 

その廃線跡は堺市にあった、梅鉢鐵工所の専用線です。

南海高野線浅香山駅から伸びていました。

 

梅鉢鐵工所というのは、

Wikipedia「帝國車輛工業」を参照いたします。

明治23年頃(?)堺の梅鉢安太郎が興した個人工場で路面電車や客車、

鉄道関連機器を製作していました。

その後、本格的に鉄道車両製造に参入。

戦時中に「帝国車輛工業株式會社」と改称し、

昭和43年に東急車輛製造と合併しました。

 

「堺市史」(国立国会図書館デジタルコレクション)には、

「同工場は従来鐵工を營んでいたが明治二十二年阪堺鐡道の敷設當時、其線路用具の

製作に着手し、爾来並松町の工場を漸次擴張すると共に、各種の鐡道用具は勿論車輛製造もなすようになった」

「車輛の製造は京都電氣鐡道株式會社の車輛を製作したのが初めであったといはれている。」

 とあります。

 

大正15年の地図(堺市立図書館デジタルアーカイブより)を拡大。

 

 

昭和16年の地図(堺市立図書館デジタルアーカイブより)を拡大。

 

なるほど、工場の敷地が大きくなっています。

 

 

砂道にも東工場があった、とWikipediaには書かれていましたが、

この地図ではわかりませんね。

 

私が歩いたところ(青線)と

はっきり敷地がわからないのですが、青線で囲ったところが工場かな。

 

 

何にも遺構はないし、短い廃線跡ですが、

浅香山駅を出発すると、廃線跡らしいカーブが残っています。

 

 

 

 

 

あとはほぼ直線。

 

 

たばこ屋さん発見。

たばこ屋さんて角地に多いですよね。

 

 

 

途中行き止まりもありましたし、ゴールもいまいちわかりませんでした。笑い泣き

でもだいたい、昭和16年の地図通りに歩けたと思います。

 

 

 

後からになりましたが、ここを歩こうと思ったのが、

「南海電車まつり2023」の展示資料からです。

南海高野線橋本駅にかつてあった跨線橋が梅鉢工場製だとあったのです。

現在は撤去されて、南海で保管されているのだと思います。

 

 

堺市史に書かれていた、京都電気鉄道の車輛というのが、

明治村で動態保存されている車輛のようです。

※間違いでした。明治村の車輌は初めてではなく、後年製作されたようです。

セロ美さんと明治村に行った時、乗らなかったんだよね(´;ω;`)ウゥゥ

京都電氣鐡道は京都市に買収され、京都市電となりました。(Wikipedia)

 

 

 

梅鉢鐵工所は南海と縁があるので、東急車輛製があります。

 

この車輛もう引退しました。(´;ω;`)ウゥゥ

 

 

こちらはまだ頑張っています。

 

 

 

 

 

阪堺電車(チンチン電車)高須神社停留所の架線柱が古レールでできていました。

刻印がありました!

奥と手前と両方ともカーネギー社製です。

手前は1897年製、発注者は「NANKAI」(当時は南海鉄道)

 

 

せっかくなので、このあたりを少しお写んぽ。

 

この並びのレトロ喫茶のラックさん、閉店されました(´;ω;`)ウゥゥ

行こう行こうと思いつつ、とうとう行けませんでした。

 

 

なんと!薫主堂さんも去年の年末で閉店(´;ω;`)ウゥゥ

 

 

立派な鬼瓦、と思ったら恵比寿さん。

 

 

反対側は、大黒さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やたら石が置かれてる。

 

 

 

 

看板建築の理容店。

 

以上、冬の日の鉄散歩でした。