今回は私の好きな古レールのお話。
3日前、近所の南海高野線の線路脇の境界柵が新しく
付け替え工事がされているのに気がつきました。
手前は古レールが使われていますが、
向こう側が新しいフェンスになっています![]()
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近所だし、たくさんあるので1本1本チェックしておらず![]()
えらいこっちゃと、あわててチェックしました。
今までちらっと見る限り、1960年前後の日本製(現在の日本製鉄)ばかりだと
思っていました。
1957年の丸Sマークなので、八幡製鐵株式会社時代のものだと思います。
しかし、他も刻印を探してみると、
あったー!
ウェンデル社(フランス) 1927年のレールが見つかりました。
ウェンデル社の刻印は鉄の圧延方向を示す矢印があることが特徴です。
この1927年の刻印は二枚羽のデザインになっています。
このあともウェンデル社製のレールは何本か見つかりました。
ウェンデル社製のレールは南海沿線では、
見えにくいですね。
矢印部分をアップにしましたが、1926年は普通の矢印です。
これは、WENDEL、1926の文字が見えますでしょうか。
矢印は右端ギリギリ見えてるかな。
南海高野線橋本駅。同じく1926年製。
こちらのほうが見えますね。
こちらは、北九州市門司にある九州鉄道記念館の展示。
書いてくれてるから、よくわかりますね。
1925年製にも矢印があります。
矢印の前の文字は「工」で、官営鉄道(旧国鉄)を表すマークだと思います。
帝国日本が発注者だという意味です。
このマークは1920年代になってから広く使用されるようになり、
フランスやベルギー製レールでは、アルファベットの「I」のようになるそうです。
さて以前、少々鉄道の歴史に触れました。
私は恥ずかしいぐらい政治経済について無知なので、
間違っていることもあろうかと思いますが。
今、トランプ関税が問題になっていますが、
先日、NHK BSの番組『英雄たちの選択』で関税自主権回復の話を観ました。
開国時にアメリカ、イギリスなどに不平等条約を結ばされます。
関税を相手国に決められ、日本には決定権がありませんでした。
低い関税では税収も少なく、安く質もいい外国製品が出回り
自国の産業、経済が発展しません。
特に鉄鋼は国の基幹産業。最重要項目でした。
鉄道が初めて開通したのが1872年、新橋ー横浜間ですが、
鉄道開通によって鉄鋼の需要が増大します。
官営八幡製鉄所が創業したのが1901年です。
もちろんそれまでは外国製に頼らざるを得ませんし、
八幡製鉄所が稼働しても数年は生産量も品質も外国製にはかないませんでした。
実際、事故も起きていました。
しかし、安定した生産ができるようになり、国産のレールを使用するように、
というお達しがあったにも関わらず、私鉄では安い外国産レールを使用して
いました。
1911年に関税自主権が回復されましたが、昭和5年ごろまで外国産レールは輸入されていたようです。
関税自主権とは、自国の好き勝手に関税を設定できることではなく、
対等な立場で交渉によって決めるものですよね。
トランプ大統領によって振り回されているような感じで現在も大変ですが、
明治時代も困難な道を乗り越えてきたのだと思います。
近代化を推し進めてきた明治日本。
その背景には、なんとしても不平等条約を撤廃しなければならなかったのですね。
当時の政治家には、日本のために尽くそうという気骨のある人物がいたのだと
思います。
古レールから明治時代の大変さや関税について、少し考えてみました。
コメントいつもありがとうございます!
今回、もしコメントいただけたら、返信が少し遅れます。
ごめんなさーい![]()










