飛田界隈、続き。
みどころ多くて、今回も商店街を中心のご紹介です。
松乃木大明神。
おもしろい形の猫塚があります。
三味線の胴の形になっています。
このあたりには「てんのじ村」という芸人たちが多く住む場所もありました。
芸事に欠かせない三味線を使う多くの芸者や芸人がいて、
当時、猫の皮が三味線に使用されていたので、猫の供養のために建てられたそうです。
おまけに本物の猫もいてるんです!
1回目に来た時は、祠の中で寝ていました!![]()
フェンスの向こう側は南海電鉄の旧天王寺支線の廃線跡。
私は天王寺へ出るときは、この支線をよく使っていました。
1984年に天下茶屋~今池町間が廃止され、
天王寺に出る時どうするん、と友達と話していました。
当時は、こんな渋い香ばしい地域を通っていたとは気づきませんでした![]()
オーエス劇場。
1954年に会場しました。
手書きの看板がいい味です。
日雇いで働く労働者は、教育をちゃんと受けられなかったひとが多く、
大衆演劇や落語、浪曲などは労働者の啓蒙を目的とされていた、という話を聞きました。
私は大衆演劇ってまだ観たことがないのです。
興味はあるのですが、なかなかハードルが高いというか。
そもそも私は、あまり生のお芝居を観たことがないのです。
歌舞伎より文楽のほうが好きかなあ。
飛田新地大門跡と交番。
おー!ここも素敵な豆タイル!
かつてあった三洋荘。
3月に解体現場に出会いました![]()
写真はもらったものです。
残念やなあ。
ぱぁるさんとお昼を食べにこちらへ。
行ってみたかった助六さん![]()
この渋い佇まい!![]()
表に貼ってあった短冊。
裏が見えてます。
カレンダーを再利用してる!!![]()
最高!!
天下茶屋の喫茶マルヤさんを彷彿とさせるような![]()
私でざるそばが終わりだった![]()
ぱぁるさんは素麵に。![]()
嘆きの壁。
嘆きの壁も老朽化。
飛田新地はお昼でも営業しています。
撮影不可なので写真はありません![]()
女性が通るのも好ましくありません。
かつて吉原遊廓は昼間の営業のみでしたが、
夜も営業するようになりました。
遊女も大変です。
夜がメインになってきて、
昼の営業時間は手紙を書いたり、手相を占ってもらったり
していたそうです。
蔦重の貸本を読んだりもしてたのかなあ。





















