旧加島楼、続きでございます。

 

暗いところは懐中電灯をつけながら撮影しています。

 

ここは遊女専用の階段だろうな。

すごく急です。

 

 

1階に降りて、下から見上げて。

やっぱり急。

 

 

便所。

回転窓。

 

 

 

この奥に。

 

 

 

ここで遊女が局部を洗浄していました。

垂れ下がったシャワーヘッド。

お湯は出ていたようです。

 

橋本遊廓に関する論文は、旧第二友栄楼にあった遊客帳を詳細に分析されたものでした。

そこから、遊客、楼主、遊女の実態が見えてくるという興味深いものでした。

 

大河ドラマ『べらぼう』では、遊女花の井が瀬川を襲名し、

妓楼に客が押し寄せ、大忙し。

遊女たちは、何人もの客の相手をしなければなりませんでした。

 

第二友栄楼では、昭和15年の1月5日、この日は忙しかったようです。

一人の遊女は8人の客を取っていました。

体調を崩して休んだり、入院までする遊女もいると、

残りの遊女で回さなければなりません。

休んでいた遊女は休んでいた分を取り返すため、多くの客を取る。

過酷な労働です。

そして、遊女が稼いだお金と実際、遊女が手にするお金は、

かけ離れているのです。

 

江戸時代、遊女は梅毒にむしばまれていました。

命を落とすものもあり、社会問題でした。

開国後、外国から指摘され(イギリス海軍の多くが梅毒にかかったそう)、

遊女の梅毒の検査、治療をする検黴(ばい)所、駆黴(ばい)院が

遊廓に建てられます。

橋本遊廓にも検黴所が設置されました。

しかし、その検黴所はひどいところでした。

食事は粗末で、日中は横になることを許されなかったのです。

それは、娼妓がふしだらだからだ、と。

 

 

これは、第二友栄楼に残っていた、

「サック自動販賣機」

「産児調節 性病予防」

「貴下ノ衛生 保健ノ為ニ」

 

 

加島楼では、珍しいものが見られました。

地下に降りる階段。

 

 

川から来るお客さんがいたんですね!

大山崎から渡し舟で来たようです。

 

 

下から。

 

 

川から来るお客さんを迎えるため、ここにもタイルが!

 

 

 

加島楼、最後の見どころはダンスホール!!

入口。

 

 

レトロな柄の色ガラス。

 

 

中から。

 

 

おおお!

 

 

壁の丸いレリーフには、楽隊が!!

 

 

この3連のステンドグラスがかわいいの!

 

 

 

 

 

 

 

 

古い鏡。伏見の造り酒屋さんのものです。

 

 

この小部屋は何だったっけ?滝汗

 

 

この窓も素敵だー。

 

 

加島楼を堪能しました。

 

今もオーナーさんに連絡すれば、見学できるようですよ。

(ね、ぱぁるさん)

 

 

今回は、やをりきさんでお昼ごはんをいただきました。

 

 

焼き飯を注文しました。チャーハンではなく焼き飯ってのがいいよね。

 

ママさんと少しおしゃべりさせていただきました。

気さくで、いろいろお話聞かせてくれましたよ。

 

ここも2階はダンスホールだったそうです。

 

床のタイル。

 

 

壁にスクラッチタイル。

 

 

外に出て。

いけず石。

近づいて窓から中を見られないようにですね。

 

 

あら!多津美旅館さんの扉が!

床のタイルがラブ

 

 

このステンドグラスも素敵!

 

 

遊女。悲しい商売です。

相反するように妓楼の美しさがあり、

その美しさに惹かれるのです。