尾道に続きまして、鞆の浦のご紹介です。
鞆の浦は福山市になるんですね。
万葉集にも詠まれ、古くから「潮待ちの港」として栄えたそうです。
江戸時代には、次回ご紹介する「保命酒」が名物となりました。
見どころ多くて、写真を選ぶのがつらいぐらいです。
ですので、写真多いですがご容赦を。
着いた途端、もう素敵。
何!この風情ある坂道は!
下からも。
ここは元妓楼のようですね。
3月だからかな。可愛い![]()
名物、保命酒のお店が数軒あります。
しまなみ信用金庫鞆支店。
建物は昭和13年築。
古典様式ではなく、すっきりとしたアールデコ調。
玄関扉のキックプレートが波型でかわいい。
「おす」の文字が渋いです。
この棒は何だろう?
高低差があるから?石段がついています。
素敵な看板建築。
ここは、坂本龍馬ゆかりの『いろは丸事件』の談判をした元船宿だそうです。
1階はカフェになっています。
古カフェのハルさんが来ていましたよ!
2階のステンドグラスは宮崎駿さんのデザインだそうです。
かわいいなまこ壁。
七宝つなぎかな。
渋い建物が多くて。
ここも菱型の窓が素敵です。
船板塀、ありましたね。
港のほうに来ました。
鞆の浦のシンボルと言われる常夜燈、撮るの忘れた![]()
この石段ですが、「雁木」と言われるもので、国内最大級のものだそう。
潮の満ち引きによって、見え隠れします。
ここで荷揚げしたんですね。
お城にも、雁木ってありますね。
江戸時代を偲ばせる景色です。
この石のボラード。
いくつかあって、名前が彫られています。
これは太田何某さん。
「湊普請」とあります。
港の修復時に寄付されたんでしょうか。
こちらは、荷揚げ場の蔵。
「いろは丸展示館」になっています。
いい感じの石段を上がっていくと、
圓福寺 夾明楼。
「圓福寺の座敷からの眺めは格別です。
江戸時代後期、この景色に感嘆した1人の儒者が座敷を
夾明楼(きょうめいろう)と命名しました」
以下の「鞆物語」より。
ここにも猫さんがいてました。
確かに、眺めがいい!
石段を下りたところに、魅力的な路地。
むむむ。怪しい。![]()





























