法隆寺、あとは一気に行きます!
西院伽藍を出て、西側の小高い丘に
西円堂があります。
国宝 西円堂 奈良時代創建、鎌倉時代に再建
八角円堂。
堂内には、国宝薬師如来像が鎮座されます。
「峯の薬師」と呼ばれ、厚く信仰されています。
特に、耳の病いに霊験あらたかだそうです。
知らなかった~![]()
うちの父、耳が悪いんです。![]()
ここからも、五重塔と金堂が見えます。
国宝 三経院・西室 鎌倉時代
蟇股に獅子
西院伽藍の東側、大宝蔵院に行きます。
ここは、博物館になっています。
国宝の、夢違観音、百済観音像、玉虫厨子などが展示されています。
なかでも、百済観音像は、飛鳥彫刻の傑作。
美しい立ち姿。
かすかに微笑みも見られます。
異国風なお姿ですが、クスノキの一木造りであることから、
日本で造られたものと考えられています。
玉虫厨子の台座の描かれた絵図のうち、捨身飼虎図は有名ですね。
国宝 東大門 奈良時代
ここで、一旦、外にでますね。
こちらの古民家が素敵でした。
雨樋、漏斗の透かし彫りは見ますが、下の方にまで細工がしてあるのは
初めて見た気がします。
こんな日は、やっぱり、アイス休憩![]()
さ、東院伽藍に向います。
土塀、屋根瓦、渋いです。
向こうに見えるのが、東院伽藍です。
東院伽藍の場所は、聖徳太子のお住まい、斑鳩宮がありました。
太子亡き後、後継者争いが起こり、太子の子であった山背大兄王は
蘇我入鹿に襲撃され、斑鳩宮から生駒山に一旦身を隠しますが
周りの人々を巻き添えにしたくないという思いから、
戦いを避け斑鳩寺(創建法隆寺)にもどり、自害されます。
聖徳太子の一族は途絶えることとなりました。
創建法隆寺はその後、670年に焼失。
しかし、太子を信仰する人々によって再建。
聖徳太子が建てたお寺から、聖徳太子を祀るお寺へと、
そして、法隆寺そのものが、聖徳太子と同一視され、
1300年もの間、厚い信仰心によって守り続けられています。
東院伽藍は、荒れていた斑鳩宮を嘆いた、高僧行信によって伽藍が建立されました。
国宝 夢殿 奈良時代
英語表記は、Hall of Dreams
八角円堂。
宝珠が素晴らしいですね。
夢殿には、国宝 救世観音像が安置されています。
救世観音像は、明治時代にフェノロサらが扉を開けるまで、
絶対秘仏として白い布でくるまれていました。
フェノロサ、布をとっちゃったんですねえ。
聖徳太子の等身像とされる、飛鳥様式の美しい仏像がお出ましになって
びっくりしたでしょうね。
今では、春と秋に特別拝観があるようです。
回廊
名残惜しいですが、法隆寺はここまでにして
最後は中宮寺にお参りします。
中宮寺
中宮寺も創建は、飛鳥時代。
聖徳太子の母、穴穂部間人皇后の発願により建立されました。
法隆寺と対の尼寺として建立されたものでは、と考えられています。
中宮寺は1300余年続く尼寺なのです。
門跡寺院なので、瓦の瓦当部の文様も、菊花文。
本堂
本堂には、ご本尊の国宝 菩薩半跏像が安置されています。
そのお姿は漆黒、半跏の姿勢で指先をそっと頬に触れているという思惟像。
スフィンクス、モナ・リザと並んで世界三大微笑とも称せられる、アルカイックスマイル。
謎めいていて、慈悲深い、微笑みです。
素晴らしい伽藍、美しい仏像、見せていただきました。
まだまだですね。
何回も行きたいなあ。






















