詩の基本 15

名詩鑑賞 4

 

 

 

 

 

長田弘

『言葉殺人事件』より

 

 

 

 

言葉の死

 

言葉が死んでいた。

ひっそりと死んでいた。

気づいたときはもう死んでいた。

 

言葉が死んでいた。

死の際を誰も知らなかった、

いつでも言葉とは一緒だったが。

 

言葉が死んでいた。

想ったことすらなかったのだ、

いったい言葉が死ぬなんて。

 

言葉が死んでいた。

偶然ひとりでに死んだのか、

そうじゃないと誰もが知っていた。

 

言葉が死んでいた。

死体は事実しか語らない。

言葉は殺されていた。

 

言葉が死んでいた。

ふいに誰もが顔をそむけた。

身の危うさを知ったのだ。

 

言葉が死んでいた。

誰にもアリバイはなかった。

いつでも言葉とは一緒だったのだ。

 

言葉が死んでいた。

誰が言葉を殺したか?

「私だ」と名乗る誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

現代詩というものは難解でおよそ理解出来ないものだと思っていませんか?

困った事にそうなんです。

難解でとっつきにくい作品のいかに多い事か。

しかしながら平明な言葉でわかりやすい詩を書く現代詩人も少なからずいます。

長田弘もその一人です。

長田弘は言わば平明派の代表格です。

 

わかりやすい言葉で人に感銘を与える詩を書くというのは並々ならぬ事です。

常に言葉の感覚を研ぎ澄まし、研鑽に研鑽を積む事が必要です。

難解な詩をありがたがる人たちもいる訳ですが、難解な詩を書くのはコツさえ掴めば簡単なのです。

さも意味ありげに観念語を数珠繋ぎにしていけばいいのです。

論理の飛躍は無意識層のなせる技とうそぶけばいいのです。

難解を装いお茶を濁すのは詩人としては怠慢とも言えます。

 

ところでこの『言葉の死』で言葉を殺した真犯人は詩人の一人、あるいは複数の詩人かもしれませんね。

 

 

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三十四、五年前の5月5日に山手線で長田弘を見かけた事があります。

高名な詩人とばったり出会うなんてわたしにとっては、芸能人に会うよりうれしい事です。

その時に詠んだ俳句です。

 

 

こどもの日通勤電車に乗る詩人