同居する父に付けていた観念が
声聞・縁覚を頻度高く繰り返すうちに
そういえばいつの間にか消えていたことに気付いたのは今年に入った頃でしょうか。
指定難病による障害を持っている。
私が学生の頃からお金もろくに稼がない。
母に何にも与えてあげない。
私の事なんて興味もない。
それなのに母や私に助けられっぱなしで日がな1日ぼーっとしてる。
一緒の家に住んで食事やトイレやお風呂の手伝いの度に顔を合わせるのに
これらの観念を握りしめたまま父と接するので
それはまあなかなかのストレスでした。
頼まれごとが増えるたび
わかりやすく嫌な顔、面倒そうな声、ため息、ドアをバン!と閉めるなど、
体が上手く動かせない父にはどうしようもないことなのに本当にひどい態度を取ってしまっていました。
そんな自分が嫌で嫌で仕方なく、
父のことも嫌で嫌で仕方なく
本当は晴れた日には散歩などに連れ出してあげたいし、話し相手や晩酌の相手にもなってあげたい。
そう思っても優しくできずに最低限でしか口も聞かない日々が続いていました。
毎週必ず1回は声聞や縁覚で九八さんとお話するのが定着していた頃のある時のこと。
いつものように朝父を布団から起こし雨戸を開けている時、
父の好きな野球の昨日の試合の話をしながら私が笑っていることに気が付きました。
本当にうれしかったです。
目の前のその人に、
何も付いていませんでした。
そして私と父に分かれていませんでした。
部屋、雨戸、外気、朝の光、声、野球の話。
ただそのままに一体となり
そのまま、そのまま。
本当に、観念を見て、
作り上げた幻の父を憎んでいたことに気付かされました。
憎むべき相手など元からいなかったのだと
事実の優しさにありがたさが込み上げました。
声聞して、何もかも変わったことを実感して
良かったなと思うことはたくさんあるけど
この父との確執という観念のストーリーが終わったことが
1番うれしかったことかもしれません。
今ご飯が炊けたので父の遅めの昼食の準備をします。
1人でも多くの方がこの元々救われている事実に目覚めるご縁がありますように![]()
本気でそう思っています。
それではまた![]()
みなさまいつも本当にありがとうございます![]()