「歳をとること」や「老い」は怖いもの。

 

そう感じていた心が、

少しずつほぐれていったのは、

 

篠田桃紅さんのエッセイ

『一〇三歳、ひとりで生きる作法』

を読んでからでした。

 

 

人生100年時代といわれますが、

百歳を超えてなお

創作を続けた美術家・篠田桃紅さん。

 

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105歳のフォトエッセイも


彼女の凛とした言葉たちは、
「歳をとることも、また美しい」

と教えてくれます。

 

  老いを恐れず「衰え」を受け入れる美しさ

 

「人の成熟というものは、

だんだん衰えていくところにあるのかもしれない」

 

歳を重ねることを、
衰えや衰退ではなく

深みや成熟ととらえる篠田さん。

 

老いたら老いたで、まんざらでもない

と、

 

“自然の摂理”として老いを受け入れる姿に、

潔い美しさを感じます。

 

 

 

 

若さを賛美する風潮に流されず、
年齢に関係なく

「人としての品格」を大切にする姿が、

なによりも格好いいのです。

 

  若さに媚びず謙虚に生きるという美学

 

若ければ若いほど良いという

世の中のムードがありますが、

 

「若さは謳歌するもので、賛美されるものではない」

 

まだ何も知らない若さには、謙虚さを。
年齢を重ねた自分には、静かな敬いを。

 

篠田さんは、

100歳を過ぎて転倒した際に、

「できるはず」と

自分を過信していたことに気づき、

“もっと謙虚に生きなければ”と自戒します。
 

とはいえ、

どんなに気をつけていても

転んでしまうことはある。

 

「転んだ以上は、転んだことを悔しく思い、

次に転ばないようにしようとするほうが、

人として素直だ」

 

「転んでもただでは起きない」

とむやみに前向きにふるまって

肩に力を入れて生きるのではなく、

 

衰えていくことを否定せずに受け止め、

よりしなやかに深く生きる。




そんな強さとしなやかさが、

この本の魅力です。

 

  和の美。着物に宿るしなやかな暮らしの知恵

 

この本を読んでから、

祖母の古い着物を思い出しました。

 

篠田さんは

着物は「体につかず離れず」でまとうことができ、

「洋服や靴は規制する」

 

つまり、和装の方がラクという

篠田さんの言葉に背中を押されて、


今年の冬はYouTubeを観ながら

着付けに挑戦してみようと思っています。

 

 

江戸の昔、

「様子がいい」という言葉がありました。

 

それは、これ見よがしではない、

どことなく素敵な身なりのこと。

 

外見だけでなく、心の所作を含めて

“美しい“人を指す言葉です。

 

年齢を重ねてなお、自然体で凛と美しく。


篠田さんの生き方に、

そんな”風格のある美”を感じて憧れます。

 

  不完全さを愛おしむ力をくれる本

 

私は数年前、

ラムゼイハント症候群で

重度の顔面麻痺を患いました。

 

今ではかなり回復しましたが、

後遺症は残っています。

 

昔の自分と比べて

ため息をつく日もありますが、


篠田さんの言葉に出会って、

心がすっと軽くなりました。

 

「できないのが当たり前で、

自分の不完全さに抗わない潔さも

素直で美しい」

 

 

自分の可能性を信じて

前進することも大切ですが、

自分を追い詰め過ぎない。

 

なんでも完璧にできることを目指すより、

できないことを受け入れながら、

自分をいたわる。

 

変化した自分を受け入れること。

 

それもまた、

美しさのひとつの形だと

教わったんです。

 

「自分はできるはずだと思っているから、

できないと、そんなはずはないとジタバタする。

 

私は初めから、

自分を全知全能だなんて思っていない。

できないのがあたりまえだと思っている。

 

そして、優れているとは思っていないが、

劣っているとも思わない。

 

私は私、と思っているだけである」

 

ー篠田桃紅『一〇三歳、ひとりで生きる作法』(幻冬舎)より

 

できなくなったことを嘆くより、
できることを穏やかに喜ぶ。


そんな生き方を、

少しずつ練習しているところです。

 

  やり尽くさない人生だからこそこの瞬間が愛おしい

 

過去にすんなりできたことが

突然できなくなっていく辛さ。

 

それを自分以上に感じたのが、

亡き父を介護していたときのこと。

 

歩けなくなり、立てなくなり、

食べられなくなり…

 

父が少しずつ

「できること」を失っていったとき、

彼は嘆き、苛立ち、

最後は静かにそれを受け入れていきました。

 

動だった父が静となり、

人為の及ばない世界、

自然のなかへと還っていく――

 

その姿は、

まるで水墨画で表現される霧のなかに

溶けていくようでした。

 

 

その姿を見るのは、とても辛く、

また自然や摂理に身を委ねていく父に

畏れのような

手の届かない崇高さも感じたんです。

 

長谷川等伯の「松林図」(国宝)

目に見えない”霧の表現”の美しさ。

 

東京国立博物館に

収蔵される「松林図屏風」

白い和紙の上に墨の濃淡だけで、

風と光の情景が描き出される国宝。

 

 

ほぼ日手帳にも

 

そこで彼女が心の目で見たのは、

 

だんだんと自然に溶け込んで、

最後はなにもなくなってしまう

という日本人の美意識

 

その侘び寂びの感覚に、

私は父の最後を重ねていました。

 

美しいことばかりではなく、

介護中に父と

たくさん喧嘩もしました。

 

もっとああしてあげればよかった、

こういうことができたのではと

後悔もあります。

 

そこでも篠田さんの

「人生、やり尽くすことはできない。

いつもなにかを残している」

その言葉に救われました。

 

そのときの自分は

精一杯やったのだから、それでいい。


限りがあるからこそ、

今この瞬間がいっそう愛おしいのです。

 

  いまを丁寧に生きる一冊で限りある日々を優しく照らす

 

『一〇三歳、ひとりで生きる作法』は、

「老い」を否定せず、

「できない自分」を受け入れて生きるための
知恵が詰まっています。

 

忙しさの中で見失いがちな

「自分のペース」や「小さな幸せ」を
もう一度取り戻したいときに、
そっと寄り添ってくれるような本です。

 

 

読むたびに、

自分をやさしく励ましてくれる。

 

秋の夜長、温かいお茶をいれて、

静かにページをめくってみてください。
 


 

最後までお読みいただき

とってもありがとうございました🫶

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※全ての情報は、2025年10月28日執筆時の内容です。