「22時 文京区 東京ドーム」

 

ゲームセットを告げたばかりのスタジアムを後にして、友香は1人水道橋駅近くのファミレスで時間を潰している。スマホのスロットゲームをしながら1人でぼんやり‥。考えることがないと、頭の中に浮かんでくるのは「ショウちゃん」とのことばかり。友香が、ジャイアンツの名ストッパー・下山投手の「2番目の彼女」だということは誰にも言えないし、言う気もない。だけど‥もしも「誰かに伝えたら?」と考えてしまうことは多々あって―。

友香が、ショウちゃんと初めて会ったのもみんなと一緒に行った飲み会だった。昼過ぎに突然、グラビアやってるマミからのラインを受けたのがきっかけだった。

 

 「今日、ジャイアンツの選手達と

ご飯することになったから来ない?」

 

マミはグラビア活動ばっかりやっていたが、春に事務所を移籍したのをきっかけに、バラエティ業界とのパイプもできたようでテレビ露出も増えていた。それにつれて友香が誘われる飲み会も増えた。マミの呼んでくれる飲み会はお金がかからないことと、格段に美味しいご飯を食べられることもあって嫌いではなかったが、いつもどこかで「自分は人数合わせ」と感じるのは事実だ。テレビ出演が増えて行くにつれて、どんどん高いブランド服、バッグ、アクセを身に付けていくマミの引き立て役。友香は「高い服」を着て飲み会に来ることもなければ「私は…」とすぐに自分話を切り出す我の強いタイプでもない。そういうところがマミには「横に置いといても安心」と思わせているんだろうと分析している。そして、マミだけじゃなくて他の女友達もそれはきっと同じ―。

 

―トモってこんなに可愛いくて

超性格いいのに彼氏いないんです。

信じられなくないですか?

私が男だったら絶対トモと付き合うもん。

 

―トモってすごい堅実で、

新しい服もあんまり買わないんです!

それに比べて私なんかもうほんとダメ!

ほぼ無意識に買っちゃうから、

トモと比べたら家庭に不向きなんです。

 

―トモと付き合ったら絶対幸せに

なれますよ?私が保証します!

―私もそう思う!

 

―私、トモの姉状態なんで、

トモと付き合いたいって思ったら

まず私通して下さい!

―私も通してもらわないと嫌なんですけど!

 

飲み会になると、大体みんなが友香を持ちあげる。でもそれは、持ちあげてるようにして「友達を立てる自分いい子でしょ?」っていうのをアピールしてるだけだってことくらいは友香も分かっている。だから時々、友香の連絡先を聞いてくる男がいるとその状況はすぐに変わる。

 

―やった!トモ連絡先ゲットじゃん!

―この子のこと、本当お願いします!

 

‥とみんなで盛り上がって、その場のネタにされるのが常だ。クラブシンガーやっているリカなんかはその辺が露骨。

 

―この子、前の恋愛にトラウマ抱えてるんで

救ってやって下さい。

 

と言った感じで一見フォローしているような言いまわして、その実「触れられたくない過去」をさらすきっかけになるようなことを言うことすらある。だから友香自身、みんなとの飲み会じゃ彼氏はできないし作らないと決めている。「みんなと仲良くする時間」と割りきって参加しているだけだ。

 

それだけにショウちゃん―出会った時は当然・下山投手―から連絡が来て、結果的に付き合うことになったことには、友香自身もびっくりした。実際には「2番目の存在」での交際だがそれでもびっくりだ。初めて会って飲んだ日、トイレから出て来たらちょうどショウちゃんもトイレに来ていて声をかけられた。

 

「すみません、スマホ失くしちゃって。

正直ンパってます。

スマホ貸してもらっていいですか?」

 

スマホ画面を電話モードにして渡してあげると、ショウちゃんは軽く会釈して、友香のスマホの画面を押し始めた。すると、すぐに男性トイレの奥からものすごく大きな音でメロディが鳴った。

 

♪何度ここに来てたって 

大阪弁上手くなれへんし・・

  近くてまだ遠い大阪~。

 

ドリカムの着歌が聞こえたら、ショウちゃんはもう一度軽く会釈して、慌てて男性トイレの中へ戻って行った。とにかく「無事にショウちゃんのスマホが見使ってよかった」と友香も思っていたら、すぐにショウちゃんからショートメールが入った。

 

「すみません。トモカさんの

連絡先知りたくて、芝居しました」

 

びっくりした。その日の飲み会、マミが集めた友達は6人くらいいて、友香以外は全員現役でグラビアだったのに、昼過ぎに急に連絡が来たくらいだから多分人数合わせで呼ばれた存在なのに、彼は友香の連絡先を聞いてきたのだ。最初はもちろん信じられなかった。だから友香の返信は

 

「分かりました。

誰と仲良くなりたい感じですか?

連絡先、教えますよー。」

 

それに対しての彼からの返信は

 

「もう知れたから平気です。

 良かったらラインIDもお願いします」

 

びっくりした。正直、どうリアクションしていいか分からなかった友香はとりあえず、場を繋ぐような変身を返した。

 

「そういえばドリカム、好きなんですね。

ウチも好きでーす」

 

それに対しての返事は…

 

「ドリカムが好きって言うか関西出身なんで、

正直、大阪唄がやっぱ好っきゃねん♪

なだけですねん(笑)」

 

出会った時は、彼が「処刑人」って言われてることは知らなかった。それでも、飲んでいる席でも別に明るい方じゃなく、どちらかと言えば無表情だった下山投手が送ってきたメッセージが冗談口調-別に面白くはなかったけど―だったことが意外だった。同時に、下山投手の素を友香だけが見れた気がしていた。多分、その時が「これは誰にも言えないなー」って、思った最初だったと友香自身記憶している。

 

その後は、そう思った通り「誰にも言えない形」で2人で会うようになっていった。

最初は車でドライブがメイン。そして、すぐにホテルで会うようになった。ショウちゃんはベンツでホテルに入り、友香は電車で向かって予約されてある部屋で会う。その後、ショウちゃんが「トモの家に行きたい」って言いだすまでにはさほど時間はかからなかった。

 

―困った。

 

友香にすれば呼べるわけがなかった。

西永福 築30年の1K。2階建ての1階の1番奥。ウォシュレットもない。ショウちゃんの住んでるという中目黒のタワーマンション最上階とは大違いだ。ショウちゃんの家に、友香が入れてもらったことはもちろんない。だが、車でその下を通った時に「ココ、俺住んでるマンション」って教わって、スマホで部屋を検索したからそのすごさは分かっている。そのタワーマンションには1フロアに12室ずつ部屋があるが、最上階だけは部屋が4つしかない。ショウちゃんの部屋はそのうちのひとつ。ホームページで見た限り、その玄関だけで友香の家の家具が全部収まりそうだった。リビングスペースだけで友香の家が全部入る。窓からは東京タワーとスカイツリーが両方見えるらしい。スーパーの看板が見えるだけの友香の家とは大違いだ。だから「無理」「ありえない」って何度も断った。それなのにショウちゃんの返事は

 

「俺、大学までボロ寮やで?

だから、そんなん全然気にならんし」

 

それでも友香は断り続けた。だが、交際が半年続いた頃になっても彼はことあるごとに「家にも行きたい」と変わらなかった。ショウちゃんの誕生日10日前くらいだったか、いつもみたいにホテルで会った帰りの車中で友香は「誕生日プレゼント何がいい?何でもいいよー」と聞いてみた。するとショウちゃんから戻って来た言葉は

 

「トモの家行きたい」

 

ホントに困った。着る服やバッグとか持ち物まではなんとか繕える。でも家の中までは簡単には無理だ。服や持ち物はブランドじゃなくても、頑張って探せば「いい物」も何とか見つかる。もちろんブランドで探せたら手軽に見つかるが、そうじゃなくたって時間をかければ何とかみんなに「それいいね」って言ってもらえる大丈夫な物を見つけることができる。友達に見せる1回か2回くらいは、それで乗り越えられるから大丈夫。でも「家」となると無理だ。部屋の中全部を「いいね」って言ってもらえて、友達みんなと同じレベルくらいにまで・・・は時間をかけても無理。それにもしも、もしも奇跡的に部屋の中全部を繕うことができても家の外観でもうバレバレ。そもそも相手は、友達どころか「億」を稼いでいるプロ野球選手だ。  

部屋に来たら「全然大丈夫」と、もちろん言ってはくれると思う。でも「その後は、距離を置かれるようになって行くんだろうな」というのが友香の見立て。だから「これで終わりにすればいいか」って半分やけになってOKした。とはいえ友香は一生懸命掃除して、床マットやアメニティを代官山や恵比寿の雑貨屋で探し選んで買ってきてみたり、なんとか色々繕った。「ショウちゃんが家に来る最初で最後」と思いながら部屋に招いた日、彼の第一声は

 

「やっと来れた。駅からの道も覚えたから

大丈夫。次からは1人で来れるで」

 

―部屋の感想はなかった。

 

改めて友香から「ボロい部屋でしょ?」と話を振ってみてもショウちゃんかの返事は

 

「永福のインターで高速降りて、

ここまでの道も覚えたから大丈夫。

車も裏に目立たんパーキングあったから、

あそこならマスコミに撮られることも

そうそうないと思うから大丈夫やなぁ」

 

それから2年半、「地方遠征せずに都内にいる金曜日のショウちゃん」は、変わらず西永福の友香の部屋にいる。友香のよりも随分硬めの歯ブラシと髭剃りが洗面台に置かれてからも、もうすぐ2年になる―。

 

友香の狭いシングルベッドにピッタリサイズに、185㎝を超えるショウちゃんが寝転がるとピッタリサイズになる。2人で寝転がると寝返りもきつい。友香は「買い替えよっか?」と相談したこともあるが、ショウちゃんの「別にこれでええやん?」の一言で買い替えは見送られた。2年経った今でも部屋では、ピッタリサイズなベッドで2人で寝転がって話す。友香は、ショウちゃんが時折出題するクイズに答えるのが結構好きだった。ゴロゴロしてると突然「問題です。ジャジャン」と言いだして、クイズが始まる。もっともクイズの内容は大体野球のことだから友香は大体当たらない。

 

「問題!1988年3月17日に、日本で初めてのドーム球場として完成した東京ドーム。完成当時は外野が1番広い球場でしたが…ズバリ今は、12球団のホームグラウンドの中で何番目の広さでしょう?」

「3番目!」

「ブッブブー!残念!正解は・・・12番目!外野は1番狭い球場になりました。

そこでホームラン打たれんようにすんの

正直難しいんだわ。」

「そうなんだー。ウチはケンちゃんの

野球のクイズが難しいよ?」

「そう?簡単な問題にしてるつもりやで?

じゃあ野球を離れた問題!

 東京ドームはコンサートでも使われますが、初めて東京ドームでコンサートをした

 日本人は誰でしょう?」

「サザンオールスターズ!」

「ブッブブー!残念!

正解は・・・♪ああ川の流れのように~。

美空ひばりさんでしたー」

「そうなんだー。てか、また野球に

近い問題みたいな感じじゃん」

 

「問題!東京ドームがある文京区は、

何で文京区って言うでしょう?」

「ほら、また東京ドームってやっぱり野球に

近いじゃん(笑)」

「あ・・・正直、すんません(笑)」

 

ベッドで、寝ているショウちゃんの寝顔を見ていると、時々「もしかしたら本当につきあえる時が来るかも」って考える時も彼女にはあった。でも、抱いたその「かも」という感情はやっぱりありえないことだって気づかされた。友香の家にショウちゃんが通うようになって1年くらい経った時だ。エッチも終わり、2人でベッドでただゴロゴロしながらテレビを見ていた時だ。ニュース番組が「浮気が原因で殺人」って話題を伝えた。2人とも真剣に見ていたわけじゃないが、ニュースが次の話題に切りかわった時に、ショウちゃんがポソッとこぼした。

 

「正直、トモと浮気じゃない形で

付き合いたいなぁ。笑いの感覚とかの

価値観、めっちゃ一緒な人間って

感じるし。

でもなぁ、それだけじゃどうしょうも

ないところに俺、いるしなぁ。

俺の立場ややこしいなぁ…」

 

「同じ人間」っていうけど、人は平等じゃない。差別はないかもだけど区別はあるから。当たり前だけど、世の中には「すごい人」がいるし、友香自身はそういうすごい人の世界の人間じゃない。逆に、ショウちゃんはすごい人達の中でも特にすごい人だ。来年か再来年には「アメリカ行くかも」という話題が、テレビやネットには出ていることは野球の話を彼から直接は絶対に聞かない友香だって知っている。アメリカに行ったら、彼の年棒は5倍にはなるらしい。今が4億円だから20億円だ。そんな人がなぜ、西永福のこんな1ルームにいるんだろう―。ただ、ショウちゃんと友香のことは誰も知らない。2人以外は知らないから、世の中には存在していない話だ。そう考えたら「ショウちゃんがこの家にいる事」自体存在しない話か…

と友香は、自分の疑問を強引に腑に落とした。

 

―世の中にとってのショウちゃんは

「人気アナウンサーの彼女がいて、

女遊びはできないマジメな人」。

 

それが世の中の「本当」のこと。

友香とのことは存在しないこと。

今後も、どこにも誰にも話さないから、

この先も存在しないこと。

 

もしかしたら世の中には、

こういう話って沢山あるのかもしれない。

 

―でも…

 

存在していないなら、友香がショウちゃんに言われた言葉の数々は何なんだろう?

 

「トモとの時間で正直、

色々リセットしてるところある」

「トモと長く会えないと、

正直調子が悪くなる」

「トモと会ってたら、頑張らなくていい時間も

あるんだなって感じる。

会う時、頑張ってなくてごめんな」

 

 ただただスマホでスロットを回し続けながら、これまでショウちゃんに言われた言葉が頭の中をまわる。無意識に3本目に入っていたタバコも半分くらい終わってた。ショウちゃんからのラインはまだ入らない。(続)