―杉並区永福町。

美恵の経営する赤提灯の小さな居酒屋。

久々に顔を出した美佐代が悪びれず

「別れて来た」と話したことに対しての

美恵の説教・小言は小休止。

「杉並区」の名前の由来に話が転がって…

美佐代が美恵に聞く。

 

「てか杉並区って杉って、この猫が持ってる

杉の木の杉って意味で合ってんの?」

「美佐代、あんた知らないの?」

 

美恵はそんなことも知らないの?とばかりに、少しだけあきれた顔を浮かべる。

 

「え?知ってる方が珍しくない?」

 

全く知らないという顔をした美佐代に、美恵は鍋やフライパンをいじりながら「杉並区」の由来を聞かせた。

 

「阿佐ヶ谷の方、青梅街道あるでしょう?

あの辺は、江戸時代は『岡部』って武士が

治めてたのね?関ケ原の合戦で家康に

認められて、あの辺の土地をもらった

領主なんだけど…その時に成宗村って

いう村と・・・もう1個なんだっけ…

山手線の駅みたいな名前の・・・

あ、田端村よ!その2つの村の境目を

ハッキリさせるために、まっすぐの

『杉の並木道』を作ったの。

それが由来で『杉並』ってついたのよ。」

「へー。じゃあ、

この猫が『杉』抱いてるのも正しいんだ」

「そう。今はもうあそこは杉並木じゃなくて

イチョウ並木になってるけどね」

「へー。てか、すごいね美恵さん、

何でも知ってるね」

 

美佐代の感心めいた声に優しくにんまりしながら、美恵は話題を「すぎなみみぃ」に戻した。

 

「でもやっぱり、この猫なんか変でしょう?

みぃちゃんもそう思わない?」

「思う!てか、美恵さんも

気に入ってないんなら捨てちゃいなよ」

「そうだけどさ・・。

あんた、人からもらったものをそんなに

簡単に捨てられないわよ」

「でも飾ってあげなくても良くない?」

「でも、持って来てくれたお客さんが

『これ、絶対人気が出るんです。

アニメにもなるんですって』

って言うからさぁ」

「じゃあ人気出てから飾ったらよくない?」

「そうねぇ・・・」

 

美恵自身も「イマイチ」と思っているからか、今日初めて美恵と話が合った気がした。美佐代はこのタイミングを逃さずに「美恵の料理で1番好きないつもの」を注文することにした。

 

「美恵さん、たまご焼きももらっていい?」

「今、もう作ってるわよ。

みぃちゃん頼むと思ったから」

「すごい!美恵さんなんで私が頼むって

分かったの?」

「私は何でも知ってるの」

「本当にすごい!尊敬する!ちなみにネギ、

多めでお願いしまーす」

「言われなくても入れてるよー」

「マジで!?本当にすごいんですけど!」

「私は何でも知ってるの」

 

美恵は得意そうに言いながらフライパンの上の卵を転がした。大粒に刻んだ長ネギが美味しそうに均等に卵の中に絡んでいるのが見える。

 

2人で話しているうちに、杉さんがまたウツラウツラしていた。気付いた美佐代はちょっとだけ大きな声で、杉さんに話を振った。

 

「ね?杉さん、もう1杯飲む?お酌するよ?」

「じゃあもらおうか」

 

杉さんの目尻は終始穏やかなままだ。杉さんの横でお酒を注いでいる美佐代を見ながら、ようやく落ち着いた声で美恵がつぶやく。

 

「気は効くのよあんたは。

そういうところは、いい子なのよ。」

「ま、仕事はできるんで♪」

「ただ、そういう一言が余計なの!

いい加減に分かりなさい!」

「はーい」

「返事は短く!」

「はいっ!」

 

とにかく一言一言、美恵の琴線に直撃する美佐代の会話についに杉さんが声を上げて笑い、語り始めた。

 

「いやー!いい!美佐代ちゃん。いいね!

若い!いいよ!いい!」

「そう?」

「僕もね、ママと同じで、若い頃に昭和を

生きた人間だからママの言うことも分かる。

でもさぁママ、僕はこう思うんだ。恋もね?

男も女も時代で変わるんだよ」

「お!杉さんいいこと言う!イェー!」

「美佐代!杉さんの話をからかわないの!

ちゃんと聞きなさい!もう!」

 

美恵の「もう!」がまた出たが、今度は杉さんが気にせずゆっくりと続けた。

(③-2へ続)