「名古屋での単身赴任」を経て、5年ぶりに都内で娘・明奈の誕生日当日を迎えた一伸。

都内・本社勤務に戻ってからも残業で帰りも遅いのが常だが「今日だけは!」の気持ちでいつもより3時間以上も早く帰路へと着いた。今日だけは「早く帰りたい!」の思いが高まれば高まるほどもどかしく・・・

 

*******************

 

時間が「秒単位」にまで気になるのも久々だ。もしかたら高校でバスケをやっていた時以来かもしれない。あの頃は相手チームとの得点が僅差で迎えるゲームの終盤は本当に1秒1秒がもどかしかった。バスケの4、5点差は、10秒もあれば十分逆転がある。そんな状況では1秒1秒の時の流れがリードしている試合では長く、追いかけていいる場合は短く感じた。とにかく敏感なまでに「時間」を肌で感じていた。今、電車の中で何度も時計を見ている感情は若干、あの時のそれに似ている気がしている。

 

一伸が高校でバスケ部を「やり切った」のは30年近く前だ。それが今年、娘もバスケ部に入った。別に勧めたことなんてない。相談を持ちかけられることもなく、明奈は彼女自身の意志だけで入部していた。それでも同じバスケ部に入ってくれたことは、すごく嬉しかった。どこかに遺伝子でのつながりを感じたのだ。そして「共通の話題」が生まれる気がした。まぁ、4月から共に暮らし始めて半年、それはいまだにないけれど。元々、普段から周りの人に「似てる」とはあまり言われない自分と明奈だけに、似た所がひとつ増えた気がして嬉しかった。一伸は常々思っている。

 

―親子って、家族って、もちろん先天的な遺伝子の影響もあって似るが、共に暮らすからこそという後天的な影響で似てくる部分もあるはず!

 

ところが一伸はその「後天的に似るチャンス」を5年ロスした。でも、別にそれを不満だとは思っていない。給料の他に単身赴任手当をもらえたおかげで、今のマンションを買えたのも事実だから仕方がない。だからこそ右の頬、同じ位置に出るエクボが遺伝したのは嬉しかったし、同じ部活を選んでくれたのも嬉しかった。明奈は来年2年生になったらレギュラーにもなるだろう。そうしたら試合の応援も行きたいと思う。

 

―単身赴任じゃない今なら楽勝だ!

 

5年も家を離れて働いてたからこそ、娘との時間を大きく失っていたことには敏感になる。東京を離れることになった…その直前に引っ越した当初、「新しいおうちからは近いからパパと一緒にたくさん行けるね!」って喜んでくれたテーマパークも、まもなく見えてくる葛西臨海公園の大観覧車も最後に一緒に行ったのは明奈が小1の頃か。その後、連休などを使って名古屋から家に戻った時なんかに行けるチャンスもあった。だが、彼女は小5になった頃からは、「友達」と行くようになってしまった。友達の誰かの親が1,2人、付き添いで行動を共にはしていたが、その役に一伸が呼ばれることはまずはなかった。そして中学生となった今ではもう、付き添いもなく友達とだけで行っている。次に一緒に行けるのはいつなんだろう?そもそもそんな日は来るのか?そんな風に、ぼんやり思うと余計に今日の「焼き肉でのお祝い」への気持ちも熱くなってくる。

         ◇

電車は、ようやくホームから走りだした。結果的に電車はさほど混みはしなかった。隣の外国人男性―おそらくインド人―と少し肩が触れ合うかどうか密着感ではあったが、彼も気にせず自らのスマホに目を落としている。こちらも改めて「到着時刻」をチェックしようと再びスマホをチェックすると、思いがけないニュースが目に入った

 

―新宿でバスジャック発生。定員32名の大阪行きの高速バスが、刃物を持った男にジャックされた模様。バスは大阪方面に向かわず現在、新宿を出て新宿通りを四谷から右折。文京区方面へ走行中。

 

気になって、同様に「バスジャック」とタイトルについているトピックの記事をいくつかをクリックしてみたが、どれもそれ以上の情報はいまだ記されてはいなかった。乗客には1人で乗っている女性や子供なんかもいるんだろうか?不意に、その状況にさらされている娘を想像してしまい、どうしようもない不安と同時に怒りが腹に沸いてくる。そしてその思いは数秒後に「これから、そういう心配事なんかも増えていくんだろうな」という気持ちに変換される。取り急ぎ、次にやって来る心配は「受験」か?それとも「変な友達」と付き合わないか?いや「彼氏問題」は?変な男を連れて来たら許せない。まだそういった気配はないからいいけれど、もしも、挨拶はしない!素行は悪い!成績は悪い!何より女遊びが激しい!そんな男を連れて来たら許しはしない。大体、明奈はなぜそんな男を選ぶんだ!と娘がどうしようもない男を連れてきた場合のことを想定して腹が立って来た。電車は今、越中島を通過した。葛西臨海公園駅まではあと3つだ。

 

電車の中で慌てても仕方がない!とは思うがやはり気持ちは焦る。とはいえ電車の中を走るわけにもいかない。走ったところで到着時刻は変わらない。やっぱり、この焦りはただの空回りで何も生まないのだ。と思いを巡らせ、自身の気を逸らそうと娘のツイッターアカウントをチェックする。アカウント名「AKINA-AKA」にアクセス。そこにはいつも、一伸の感情をあらゆる方向へ引っ張り回す言葉が躍っている。

 

「今日は誕生日。家族でご飯とか

マジ下がる。でも、カズブーが

焼肉おごってくれるとかなら行く」

 

これを読んだ時に、カズブーとしては「焼き肉」をおごることにした!

 

「でも、もしもカズブーのオゴリで

焼肉屋行ったとしてもレベルは知れてる。炭火焼肉の○○とか理想だけど、

それは求めすぎなの分かってるから

そこまでは望まない。

せめて柔らかい肉の店希望」

 

カズブーとしては明奈が理想とした炭火焼肉の人気店を押さえた!

 

「家族で外食とか周りに見られたら

恥ずかしいけど仕方ない。

肉の欲求と比べたら仕方がない。

でもやっぱ個室希望」

 

カズブーとしては個室を押さえた!

 

「あー。明日突然カズブーが

優ちゃんみたいな爽やかルックス&

爽やか体型になってほしい。

そしたら父親マジ愛せる。

でもそんなことありえないから

望んでも仕方ない」

 

カズブーとしては「爽やか」を目指してメンズエステをチェックした!値段を見てスルーした!

とにかく「炭火焼肉の個室」を予約して誘うと、明奈はあっさり乗ってきた。普段は外食に誘っても、そもそもの「行く行かない」の反応すらあまりないのに今回はあっさりだ。こういう時、現金なものだとは思うが、まだまだ子供じみてて可愛いなとどこかホッとする。

 

もちろんこちらが「娘のツイート」をチェックしていると知らないからこそ、心にグサッと来るツイートも度々ある。こっそり見ているんだから耐えるしかない。仕方がない。ちなみに「優ちゃん」というのは明奈が夢中になっている役者でタレントの小泉優だ。行き当たりばったりのドライブロケ番組で人気が出た彼のDVDを何本買わされたか分からない。まぁ一伸自身、ビールを飲みつつ楽しませてもらっているので嫌ではない。ただ、明奈や今時の女子高生が憧れるほどのルックスを持った男かといわれるといささかの「?」が浮かぶ。やっぱりイケメンというのは今、ビールのCMに出演している福田大雅などじゃないかと思う。とにかく娘のツイートを見ると傷つくこともある。でも痛みに耐え続けているからこそ、時に心躍るツイートにも出会うこともあるのだ。

 

「今日は焼肉おごってもらう。仕方がない。カズブーにお酌でもしてやるか」

 

このツイートを見て、今日は生ビールじゃなくて瓶ビールにしようと決めた。同時に、気を取り直して口元をキュッとさせる。「電車内で、スマホ見ながら1人でニヤける40代の中年太り親父」が生まれるのをどうにか我慢した形だ。女の子とはいえ食べ盛りのバスケ部!10代!な子を連れて焼肉。月3万5000円の小遣いで暮らしている身としては、中々厳しいが仕方ない。今日は好きなだけ食べさせてやろうと思う。仕方ない。と思いつつ、また緩みかけてた口元をキュッとさせることを意識する。しかし、便利な時代になったと思う。娘との会話はなくなっても今の時代、こうしてツイッターを見ればその本心も分かる。部活のこと、学校のこと、友達のこと、明奈の情報は、こっそりチェックしているこのツールからだいぶ入ってくる。

もしも一伸が「チェックしてるよ?」と伝えれば、何も書かなくなってしまうだろう。だから見ていることは黙っている。偽名のアカウントでのこっそりフォローだ。だが、「フォロワー」としては普段から気になっていることがひとつある。明奈のツイッターには「仕方ない」という言葉が多い。「そういったマイナス思考、あきらめ思考のは良くないぞ?」と注意したくなるが、それを伝えると見ていることがばれてしまうので、そこは仕方なくグッとこらえている。

―そのうち自分で気づいて減るだろう。それまではまぁ仕方がないか・・。

電車はもうすぐ塩見駅に到着する。

 

潮見に来ると電車は地上に顔を出す。ここまで来るといつも「自宅に帰って来たなぁ」と少し緊張がゆるむ。逆に朝は潮見で電車が地下に潜ると心が仕事モードになる。個人的に潮見は心の切り替え駅だ。そして今は、ホッとする方に切り替わった。ここを過ぎると首元の「赤いネクタイ」を緩ませることがいつから儀式になっている。

        ◇

それにしても自分の呼び名はいつ頃「パパ」から「お父さん」へと変わり、その後、「ねぇ・あのさあ」へとさらに変化したんだろう。そして今じゃツイッターの中では「カズブー」とポッチャリいじりの名前だ。もちろん呼び名なんてどうでもいい。そこに愛情や思いの籠った呼び名であればなんだって嬉しい。そう考えると親が子を呼ぶ際の名前の方が「愛情」がこもっている期間は長いと思う。

あきちゃん、

明奈ちゃん、

あーちゃん、

明奈、

アキ、

一伸自身はいつでも愛情のこもった名前で呼んできた。それに対して娘からは「ねぇ、あのさぁ」なんて呼ばれるようになった。「そこに愛はあるのかい!?」と問いたくはなる。まぁ仕方ない。親子の思いなんて、きっと片思い。どこまでいっても結局、親の方が子を愛してしまう。それが世の大抵だ。事実思い返してみると一伸自身もそうだったか。「母さん・父さん」と呼んでいたのが、いつからか「おい、あのさぁ」となった。親父に至っては目も合わさない時期だってあった。その時期を過ぎると「おやじ・おふくろ」と呼ぶようになり、明奈が生まれてからは「じぃじ、ばぁば」「じいちゃん、ばぁちゃん」へと変わっていった。その途中からは「親としての気持ち」を共有できるようになり、自然その距離も縮まった。結局、親子の距離感は「個々の成長やその時々の環境」によって変わる。そして今、父・一伸と娘・明奈の距離は5年前に比べると離れている。そういう時期だ。

電車はようやく新木場駅のホームに入った。葛西臨海公園駅まであと1駅!

 

一伸はもう一度脳内で「葛西臨海公園駅で降りてから、焼き肉店までかっ飛ばす自転車のルート」のおさらいを始めた。同時に、もう一度時刻をチェックしようとスマホに手をかけた。…と思いがけないニュースが目に入った。先ほどのバスジャックなんて比じゃないびっくりニュースだ。

 

それは・・明奈からのメールだった。

 

娘からのメールなんてめったに来ないから、その受信に気付きビクッとなった。少しの動悸を伴いつつ開いて見てみると件名に「イェイ」とある。文言は何もない。代わりに写メが添付されている。何か起きたのか?大丈夫か?1000%関係ないだろうに一瞬バスジャックが頭をよぎった。そして、その添付の写メを開いてみると・・・

明奈が映っていた。Vサインで満面の笑顔だ。網にびっしり焼かれている肉に顔を寄せながらの満面の笑顔だ。

 

―え?(続)