半年ぶりに「振られた相手・美佐代」と再会した勇太。
なんとか「会って」もらえたものの、
彼女が待ち合わせに指定した場所は「有楽町の高架下の居酒屋。
電車が通過する音も騒々しい。
それでも会話を盛り上げようとするが・・
彼女のリアクションはイマイチで視線をずっとスマホに落としたまま。
それでも勇太はなんとか気を引こうとあれこれ思案して、
とにかくいろんな会話を投げてみるのだった。
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「知ってた?ここ千代田区じゃん?千代田区って住みやすい街1位なんだって。
て言うのもね?千代田区って23区の中で人口が1番少ないんだってさ。
昼間は80万人が毎日ここに集まって来てんだけど、
住んでる人は5万人ちょっとなんだって。面白くない?
だから本当は法律上「市」になる資格もないらしいよ。
でも1万人あたりの病院の数とか交番の数とかは23区で一番多いから
結局、安全で暮らしやすいんだって。知ってた?面白くない?
ちなみに、千代田区になる前、千代田区ってどんな名前だったか知ってる?」
会話の流れでクイズのように問いかけてみた。
こうすれば、とりあえず「会話が続く」と思ったからだ。
勇太だって本当はここで「千代田区のうんちく」なんて話したいわけじゃない。
今は、まだ「話したいことを話す」よりも前の前の前の段階。
美佐代と会話の「キャッチボール」を成立させることが目的だ。
だが…美佐代から返って来た言葉はクイズへの的確な答えなんかより、
もっと的確な「意思を」持った言葉だった。
「あのさ…?アタシ終電速いし。もう本題話さない?ね?」
「終電・・?」
「7時50分」
「早いね。でも新幹線っていつも9時過ぎまで走ってない?俺、よく見るよ?」
「それ大阪とか名古屋までのやつ。広島まで行く最終は7時50分」
「・・そか。それでもまだ1時間以上あるよ?」
「話が早く終わったら乗変したいの。明日も仕事あるし。だから本題話そう?ね?」
「分かった。ごめん」
結局、勇太自身では見つけられなかった本題を切り出すタイミングを美佐代の方から切り出され、本題の会話が始まった。ジョッキに残っていたビールを一口流しこんでズバリ言う。
「あのさ・・俺達やり直せない?」
「無理かな」
―本題は終わった。
この時ばかりは視線をスマホからしっかり外し、
100%勇太を見据えて答えてくれたのが余計にむなしかった。
2人の会話が「さっきまでよりも重い空気」の中で止まった。
・・と、その間に隣のおじさんの大声が割りこんできた。
「ほー!バスジャックやて!」
あまり日常ではないその言葉に勇太が視線を向けると、おじさんがメガネをずらして目を細め、スマホをスクロールしながら情報を追っていた。
「ほー!新宿て!ほー!すぐそこやんか!」
「バスジャックだって。大丈夫かな」
一応美佐代に話を振ってみたが、やっぱり彼女は乗ってこなかった。
「警察が何とかするよ。そんなことより本題はもういいの?
いいならアタシ、帰るよ?」
美佐代から少し強く言われてしまったので、勇太は流れで「ごめん・・」と呟いた。それからジョッキをきゅっと握りしめて続ける。
「理由・・聞いてもいい?別れる理由・・」
「別れ「た」理由ね」
「うん・・なんでいきなり別れることになったのか理解でなくて・・。
俺、嫌われるようなことした?」
最初の饒舌が勢いを失い、言葉が停滞気味になってしまった勇太とは対照的に、
今度は美佐代が饒舌になってくる。
「勇太のためでもあるんだって。あのね?ずっと前から思ってたんだけど勇太って頭いいじゃん?さっきも千代田区の話とかもさ、超面白そうに話してたでしょう?あー本当に知識とかそういうのが好きなんだなって思った。でもさ、アタシ、本当は別に面白くないんだよね。ああいうの。それよりもただの馬鹿話とかが楽で楽しい。そう考えたら多分『面白い』の価値観が違うんだよね。どっちが悪いとかって話じゃないよ?価値観が違うだけ。それってさ、長い将来を考えたらあんまりいいことじゃないかもでしょ?ね?あ、でもそれ突然思ったんじゃなくてなんか、だんだんと。だから、どこかで別れた方がいいって判断した。そしたら広島転勤の話をもらったけぇ、いいタイミングかもしれんわーって思うたんよ。多分、勇太にはアタシなんかよりもっと頭のいい人が合うと思う。私じゃ多分、足りんのんよ。ね?だから別れようって思ったんよ。」
練習してきたのかなと思うくらいに美佐代の言葉は流暢だった。途中から少し交じってきた広島弁が、どこか、少し遠い美佐代になってしまった風にさえ感じさせる。好きだった美佐代の「ね?」とこちらへ相槌を求めてくるその口ぐせも逆に痛かった。美佐代への愛しさと切なさと、心寂しさで一杯になりながら、それでもなんとかも耐えながら勇太はなんとか切り返す。涙も出そうになったけど、涙は見せないで見つめながら切り返す。
「そういう教科書風な理由はいいよ」
「ん?」
「そういうありきたりな理屈で固めた感じの理由は聞きたくないってこと。」
「んー、そういう意味でもないんだけどな・・」
「あのさ・・1個だけ聞いていい?やり直せる・・俺に逆転の望みは?」
「んー。」
また言葉少なになった美佐代は、静かにスマホをいじり始めた。そして小ジョッキに残っていたジョッキ半分ほどのビールのほとんどをまとめて飲んで席から立ちあがった。
「アタシ、そろそろ行くね」
「まだ終電まで時間あるよ?」
「今出たら2本前のやつに乗れるから。明日も早いし」
「そか・・」
勇太の次の言葉を待たずに美佐代はバッグを肩にかけた。
それでも勇太は、少しでも会話を続けようと何でもない話題を切り出す。
「美佐代…最近、何が好きなの?」
「んー。『あの時伝えられなかった思い 僕らは今も互いに育て・・』かな」
「それ何?」
「アニメ。アニメのタイトル」
「アニメかぁ・・アニメねぇ・・」
「アニメとか見ても無意味って思ったでしょう?」
「そんなことないよ・・どんな話?」
「いいよ。無理して聞いてくれなくて」
「無理してないけど・・・」
「勇太ってさ、自分が興味ない話とか嫌な話されると一瞬眉間に
シワがキュッと出るんだよね」
「そう・・?」
「そう。で、今も出てたの。アタシ、勇太の眉間のシワ見るの
あんまり好きじゃなくて。見ると辛くなるんだ。」
「・・・ごめん」
「謝ることじゃないよ。アタシ達の「面白い」の価値観が違うだけだから。ね?」
「・・・。」
「仕方ないよ。本当にどっちが悪いわけでもないって。
じゃあまた、なんか機会があればまた。ね?
勇太もこれから頑張って。とりあえず乾杯。トリカン!」
美佐代は勇太のリアクションを待ちもせず、一方的にジョッキをコツンと合わせた。
その後、グラスに残っていたビールを即座に飲み干す。そしてテーブルに千円札を2枚置くと席を立ち、後ろを1度も振り向くことなくそのまま出口へ進み、すぐに見えなくなってしまった。急速に消えていった背中の方向を見ながら、勇太は残っているビールをゆっくり口に運んだ。
―「とりあえず乾杯」よりもさ、言ってほしいのはその後のセリフなんだけどな。
「とりあえず乾杯。トリカン!今日はとことん飲んじゃおう。朝まで飲んじゃおう」
ふたりの「いつもの」だった合言葉を独り言でつぶやきながら、スマホの画面をチェックした。時計はまだ19時前。勇太の終電まではまだ5時間以上ある。だが、寂しい気持ちをパッと紛らわせるために銀座に行くほどの金なんて普通のサラリーマンにあるわけがない。
「さっさとここ出て府中で飲みなおすか」
小さくつぶやくと残りのビールを飲みほし大きな声で店員に呼びかけた。
「すみません!お勘定」
手を挙げて答えた店員が、金額の書かれたメモをテーブルへ持って来る。2200円。美佐代は2千円置いていったから払い過ぎだ。さっそく美佐代にラインを打つ。
「会計、2人で2000円だったから今度1000円返すね」
ほどなくレスが戻ってきた。
「いいよ。気にしないで」
もう、それに返すメッセージなんて思いつかなかった。
でも、何か…せめてラインだけでもキャッチボールしたくて思案する。
そして、なんとかひとつのアイデアを絞り出しスマホに指を走らせる。
「ちなみに・・・千代田区。昔は麹町区と神田区で・・」
そこまで打ってはみたが、やっぱり送るのを辞めて消去した。
美佐代の「面白い価値観が違う」という言葉が頭をよぎったのだ。
代わりに、少しだけため息と昔懐かしい歌が口からこぼれ出た。
「♪やっぱ好っきゃねん」
なんで大阪弁なんだ?自分に内心で突っ込んだ。
勇太は東京生まれ東京育ちだし、美佐代も広島出身で大阪は全然関係ないし・・・
それなのに…
「何で大阪?」
自分自身でも理由が分からない独り言が出たことに若干びっくりしながら
勇太は席を立った。後ろでは黒縁の大きなメガネを大きな鼻で受け止めている顔のデカイおじさんが相変わらず、目を細めて画面を見つつ「ほー!」とデカイボリュームの独り言をこぼしつつスマホをいじっている。高架下には電車の通過音がゴーガタガタと響いている。これから帰宅時間のピーク、電車も増える時間帯だ。
勇太は会計を済ませて店を出て、線路沿いの道を駅へと歩く。頭上の線路には、有楽町駅のホームへ入っていく電車が休みなく走っている。・・・とその中の1本。黄緑色の山手線に今、ショートカットの茶髪女性が1人飛び乗った。駆け込んだ勢いで、先に乗っていた赤いネクタイの中年サラリーマンに軽くぶつかる。「すみません」と会釈しつつも、すぐに視線を手元のスマホに戻し、慌ただしく画面をいじってる。
「ごめん、今、やっと乗った!思ったよりもお得意さんとの話が伸びちゃった。
東京駅から特別快速に乗れると思うから、そんなに遅くなんないと思う。
着いたら北口でいい?」
彼女は素早く指を走らせ文字を並べ、送信を押す。
文章の最後にはハートのスタンプが添えられていた。(※続く)