(その1)
半年前まで付き合っていた美佐代との久々の「お酒」は千代田区・有楽町。
ガード下の居酒屋。
なんとか「復縁したい」と話を盛り上げようと様々な会話を切り出す勇太だが・・・
美佐代はほぼほぼノーリアクション。
それでもめげずに勇太は、次の会話のボールを投げるー。
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勇太はまたこちらから会話を切り出す。
「美佐代さぁ、こういうガード下の店…こっち住んでた時よく来てたの?」
「別に来てないよ。一緒に来たこともないじゃん?」
「うん。来たことなかったから…俺知らないとこで来てたのかなって」
「そんなわけないし。隠し事するタイプじゃないの知ってるでしょ?ね?」
「そか。だったら、ちゃんと話したいこともあるし…
もう少し静かな場所でもよかった気もするんだけど」
「どこも混んでたじゃん。ね?」
「確かにこの辺は混んでたけどさ・・。でもさ駅から少し離れたら、、、
銀座方面とかさ、けっこういい店もあると思うよ?」
「新幹線までそんなに時間ないし。あんまり駅から遠いのは無理。ね?」
「そか・・」
「そうだよ」
「…でも、ラインでやり取りするよりさ、やっぱ直接会うといいね。
今日は時間、会わせてくれてありがとう」
「新幹線までの時間が空いてただけだし。気にしなくていいよ」
「そか・・」
そこでまた会話が止まった。ここまで美佐代の方から話が切り出されたことはない。勇太はビールを口に運んで空気をつなぐ。隣のメガネの「いろいろデカイ」おじさんの気楽さが羨ましい。おじさんは相変わらずでかい声で「そこで代打ちゃうやろ」と阪神の監督の采配にダメを出している。
彼女から「転勤で実家のある広島勤務が決まった」と伝えられたのは半年前だ。その時勇太は「遠距離恋愛になるのか・・」と不安に思ったが、その不安はより悲しい方向で杞憂に終わった。突然美佐代から「転勤を機会に別れよう」と一方的に別れを告げられたのだ。勇太からすれば十分に理由を聞かされることなく、話し合いの場を持ってもらえることもなく、一方的に3年の恋愛に幕を下ろされた形だ。
もちろん別れに納得はできなかった。元々は勇太からアプローチして始まった交際だ。出会ったのは友人を介しての「合コン」というありきたりのパターンだったが、付き合いだしてからは順風満帆にやってこれたと思っていた。ほぼ毎週末を2人で過ごしていたし、お互い今年で30になるのを機に、結婚を見据えて同棲も提案してみようかとそのタイミングすら伺っていたほどだ。勇太の話で笑ってくれる美佐代の笑顔が好きだった。驚いてくれる美佐代の反応が嬉しかった。そして、セックスも良かった。勇太自身そんなに多くの経験人数があるわけではないが、彼女とのセックスは格別に身体の相性が良かった。彼女の中に初めて「入った」時に「溶けるってこういうことか・・」と感じたのをはっきりと覚えている。美佐代は全部が柔らかかった。キスやその前のしぐさ、彼女自身の香りも柔らかく、勇太は「溶けなかった週末」はなかった。勇太を触りながら、優しく笑みを浮かべたかと思うと、勇太が入ってくる眉間にキュッとしわを寄せて声が出るのをこらえる。その眉間に小さく縦に入る2本のしわを見るのがどんどん好きになった。今、ちょっと思いだして、ズボンの中が窮屈になっている。つまりはそんなセックス・パートナーを手放すのも惜しい…という本音もどこかにある。が、そんなヨコシマな思いは今は言えない。言えるわけがない!!とにかく「復縁」が最大目標なのだ。今日のところは「もう一度交際をやり直す!」を実現するために誠意と熱意をもって伝えていくつもりだ。
美佐代から「鍵返すね。だから勇太もアタシん家の鍵返して。ね?」といわれて勇太の暮らす街、「京王線・府中駅」の改札で待ち合わせすることになってしまった日は辛かった。美佐代は、当時彼女が住んでいた明大前から府中駅へと「下り電車」でやってきて、改札を出ることもなく柵越しに鍵を受け取りそのまま反対車線「上り電車」のホームへと姿を消した。恋のラストシーンって、ドラマなんかと違ってすげーあっさりだ・・と思ったあの日から、ことあるごとに美佐代に「話を聞かせて欲しい」とLINEでメッセージを送った。彼女からの返信はいつも言葉少なだったけれど、メッセージを返してくれるだけ「復活の芽」はある気がして、根気よく気持ちを伝え続けた。そして彼女の東京への出張というタイミングの今日、ようやく再会が実現した形だ。でもいざ会ってみると、ことごとく会話が止まる。これほどまでに会話が弾まないとは思っていなかった。弾まなければ弾まないほど「本題」を切りだすタイミングが遠ざかって行く気がしてくる。その焦りがつい、勇太の口からきつい言葉をこぼす。
「あのさ…久々に会ってくれて嬉しいんだけどさ、
ずっとスマホ見られてるとさすがに切ないかも・・・」
「あ、ごめんね。新幹線の空席チェックしてた。
終電になると広島まで行く奴とかってけっこう混むんだよね…。
少しでも空いてる方が気楽じゃし。あ、方言出たごめん。」
「いや、そんなのは全然謝ることじゃないし。てか、広島暮らしどうなの?」
―また本題とは違う話題を振ってしまう。
「別に平気だよ?」
―そして広がらない返事をもらってしまう。そして…美佐代の視線はまたもや、大体スマホだ。勇太はなんとか興味を引こうと、少しでも面白い話をと、結局本題とはまるで関係のない話を始めてしまう。
「これ、何だか分かる?」
自分のスマホを素早くいじって待ち受け画面を見せる。
美佐代が「額の中心にタマネギマークがついているヒーローらしきキャラクター」がYMCAの「C」ポーズを決めている、その画面に視線を向けた。
「何それ?」
興味を持ってくれ・・・た?勇太は少し早口になって続けた。
「会社の先輩がやってるプロジェクトのキャラクター。
オリンピックに向けて東京23区を盛り上げようっつって、
23区をイメージした戦隊?ゆるキャラ?とにかくそういうの考えてて。
「東京戦隊ツースリー」って名前なんだけどさ、
こいつは千代田区のキャラクターでチヨダリオンって言うの。
23人のうち,わりと司令塔的な立ち位置なんだって。
ちなみにこの額のマークは武道館ね?だからタマネギ、みたいな」
「・・・」
美佐代のリアクションは薄いが勇太は続けた。
もうこれ以上会話のボールを落としたくなかった。
会話がキャッチボールにならないなら、リフティングの覚悟だ。
「知ってた?ここ千代田区じゃん?千代田区って住みやすい街1位なんだって。
て言うのもね?千代田区って23区の中で人口が1番少ないんだってさ。
昼間は80万人が毎日ここに集まって来てんだけど、
住んでる人は5万人ちょっとなんだって。面白くない?
だから本当は法律上「市」になる資格もないらしいよ。
でも1万人あたりの病院の数とか交番の数とかは23区で一番多いから
結局、安全で暮らしやすいんだって。知ってた?面白くない?
ちなみに、千代田区になる前、千代田区ってどんな名前だったか知ってる?」
(つづく)