「ふるさとは遠きにありて思ふもの」という言葉があります。
金沢出身の詩人・室生犀星の言葉です。
40歳のおっちゃんになった今だからでしょうか、
いや、地元の北九州を離れた18歳とちょうど同じ年月を
東京で暮らした計算になる36歳くらいから多分、
この有名な言葉に「そうだなぁ」って共感していました。
事実、東京や大阪、札幌、仙台、福岡…
大きな街に「地元を離れて出た人」っていうのは、
誰でも少なからず「故郷との距離感を考える」気がします。
時々、「地方から出てきて東京住んでいるけど
『地元』なんて意識したりもしない。
むしろ、そういう話する人うざい」なんて人もいるけど、
それって「意識してない」って意識をしていると思うし。
またこういう「田舎出身者」が抱きがちな感覚に対して、
都会育ちの人からは
「そういう東京と地元は違う。地元の方が良い!的トークを
よく聞くけどうざい。だったら出てくんな。地元帰れ。
あんた達がいるから東京人が多くて困る」なんてことを
散々言われた時もあるけど…
いずれにしても、「都会」と「田舎」の位置関係を起点に、
何かしら感情が動く時点で「ふるさと」ってのは、
「芸術」なんだなぁと思ったりするんです。
で、回りくどくなりましたが本題。
先日、ツイッターでこんなアンケ―トを取らせて頂きました。
「アナタは子どもの頃、自分の街好きでしたか?」
2672人もの方にご回答頂き(本当ありがとうございます!)
その結果出た答えは…
「好きでした」57%/「好きじゃなかったです」43%
実に半数以上の人から
「地元好きだった」というお答えをもらいました。
僕自身は「地元が『好きじゃなかった(嫌いでもなかったけど)』」ので
ちょっと意外な結果でした。
だから、自然「なんで?」と理由を考えてみました。
なぜ、半数以上もの人が地元を好きだったのに
僕は何で地元を好きじゃなかったんだろう(嫌いでもなかったけど)。
理由をビール片手にじっくり考えてみたら…
まぁまぁ自分で納得できる「理由」に行きつきました。
18歳のあの頃まで、地元「北九州の街」を楽しんでないんです。
家族で「遊びに行く」となれば、
「海水浴」。当時は山口県に行かないときれいな海がなかったし、
夏休みは「阿蘇」や「別府」、「大阪の親戚の家」に行ったし、
モテんかったから「好きな子」と地元をデートできてないし、
結局、「地元」の魅力に触れることができてないから
「自分の街、なんもないな」と感じていたんです。
本当は「北九州」が持っていた魅力の数々。
例えば…「日本を代表する夜景の見える皿倉山」に
登ったのだって上京した後です。
http://www.sarakurayama-cablecar.co.jp/
この20年の間に一気にブレイクした「門司名物・焼きカレー」だって
僕はまだ食べたことがありません。
(だって、それを食べる前に地元に帰ったら食べたい、
食べ慣れた「地元飯」があるから…その1食を捨てて
焼きカレーにシフトする勇気が持てないんです)
とはいえ美味そう→http://www.mojiko.info/news/topics0209.html
結局僕はあの頃、ただ北九州に暮らして、
その街を楽しんでなかったんです。
まさに「そこにあって当たり前な存在」として街を見ていたんだと思います。
(よく聞く「男が釣った魚にエサをあげない」として
恋人に捨てられるパターンくらいの油断している感じだった気が)
まさに「ふるさとは遠きにありて思ふもの」になったからこそ、
気づいた。的な感じです。
で…同じように今、東京の街に関して言うと
僕はまたもやただ暮らしていて、楽しんでいないなぁと最近思います。
事実「東京スカイツリー」、未だに上がっていません。
(でも、地元の両親は上がっています。)
おされスポット「表参道」だって
週に3,4回は通りますが全部車で素通りぬけです。
むしろ、渋滞しがちなあの通りで信号に引っかからないための
「自分で編み出した車線変更」に神経とがらせているほどですし、
これからの季節綺麗になるイルミネーションだって
渋滞するのが嫌だから別の道へと迂回したり・・みたいな感じ。
(地元の友達とかの方が表参道の人気店に詳しいほどです)
結局、「暮らす街と、訪れる街は違うんだなぁ」と
いうのが僕の現状の感覚です。
そう思って最近、地元を楽しもうと思い「家近辺」を楽しみ始めました。
徒歩5分の場所に「区民体育館プール」があります。
混雑時ですら10人くらいしか泳いでいません。
それでいて2時間400円!最高です!
徒歩10分の所にある「1か月1万8000円のジム」に
行きかけたギリギリで最高の場所を見つけた気分です!