僕の実家のすぐそばには大木があった。
通称「大きな木」

人に家を教える時は
「大里高校の方に上がって行ったら、手前に大きな木があるやろ?あのすぐそば」
って言うと地元の人はみんな「はいはい。あそこね」って
分かってくれるくらい有名だった。

余談だが…後に知ったがその麓に「藤松ペトログラフ」という
メソポタミア文明に繋がる文字が刻まれた石柱がある。
その謎はいまだに解明されていないが、
歴史的価値の高い「石」らしい。野ざらしになってるけど。

とにかく、そんな石柱が麓にあることもあってか、
その大きさ以上に「大きく」見せていた木を見ながら
子ども心に思ったものである。

  「この木は…僕が生まれるずっと前からここにあって、
   そして僕が死んだ後もこの藤松に立ち続けているんだろうなぁ」

ところが…ある時、帰省したらその木があっさり切り株に
姿を変えていた@@;

母曰く
  「木が年を取って倒れる危険が出てきたけぇ切られたんよ」

なるほど―。一抹の寂しさを覚えたが、
それは地元の方々の判断が1番。仕方がない。

そして現在。住んでいるマンションのすぐ横には奇遇にも大木が立っている。
我が家は2階。
ベランダから手を伸ばせばその枝葉に手が届く。
麓の地中では蝉の幼虫が暮らし、
不思議なキノコもちょいちょい寄生し、
カラスが羽休めに来て、ウチのベランダに伝ってくる。
毎年、春から夏にかけては大きな葉を青々と茂らせる。
そして秋に、枯らせた葉をしこたまウチのベランダに落とす。
まぁまぁ迷惑だが「大木」がそばにあることは、なんか心地いい。

この木を見ながら思っていた。

  「この木は…僕が生まれる前からずっとここにあって、
   そして僕が死んだ後もこの東京に立ち続けているんだろうなぁ」

ところが先日、帰宅して開けた郵便ポストに1枚の紙が入っていた。

  「玄関脇の木ですが、老朽化により倒木の危険が出てきましたので
   切り倒すことになりました。 管理会社」

木とのお別れまであと1週間。ちーん。