こちらの続きを書きます


2024年4月

放射線治療が始まる


放射線を当てる事が出来る最大の回数

35回って言ったかな?

数はうろ覚えですショボーン


病院がお休みの日祝以外は毎日

放射線を当てに行く


病院からは入院しての放射線治療を

勧められたそうですが


さすがにそれだと

2ヶ月近くも入院になってしまうガーン


そんなには入院してられないって言って


最初は通院で

しんどくなったら入院しましょう

という事になりました


放射線を当てる時間自体は短いらしい


でも毎日の通院は大変そうだった



抗がん剤治療、手術、とやってきて

放射線治療が最後


これが終わったら治るんだ


しんどくても希望を胸に

がんばって病院に行っていた



喉への照射なので

だんだんと味覚が失われていった


それでも今、思い返すと

夫はほとんど弱音を吐かなかったなぁ


食事して味が分からないって

つらかっただろうに悲しい


時々、これは微かに味がする

っていうのを見つけたり

自分なりに工夫していた


味は分からなくなるのに

刺激物にはかなり敏感になるようで


辛いもの好きの夫だったのに

ちょっとした辛さのものでも

めちゃめちゃ辛く感じるようになっていた


「いくちゃんの気持ちが分かったわー」


そう、私は辛いものが苦手で

いつもヒーヒー言ってたから泣き笑い



大好きなお酒も飲めず

食事の味も分からない

好きな辛いものもダメ

つらい治療よね。。悲しい





後半はかなりしんどそうだった


もう入院したらいいのにって思ったけど

私が言っても聞かないだろうし

自分で決めたい人なので

そっと見守るしか出来なかった悲しい



照射回数があと10回くらいになった頃

いよいよしんどさがピークになって

入院する事にした


それが5月20日


そしてその頃は

私の入院が30日で手術が31日

に決まっていた


過去にこちらに書いてます



私も入院するし

夫が入院してくれてる方が安心


私の入院までにまだ日があったので

着替えを持って行ったりしたけど

かなりしんどそうで

あまり長く話したり出来なかった悲しい



私の入院前、最後に着替えを持って行った時


電話で

ちょっと待ってて

と言われ


待合で待つもなかなか夫は来ずガーン


どうしたんだろうと不安になった


やっと病室から降りてきたと思ったら

歩行器にしがみつくようにして

ヨロヨロ、ヨボヨボになっていたガーン

横には看護師さんが付き添ってくれてる


「腰を痛めてしまってな。。」


ものすごくつらそうで、

着替えを渡すとすぐに戻って行ってしまった


つらそうな夫

このまま私も入院するなんてえーん



私、初めての手術なのに悲しい

なんか言って欲しかったな。。


そんな余裕なんて無いほど

つらかったんだろう

分かってる


分かってるけど。。。




続きます




ここまで読んでくださって

病気の話にお付き合いくださり

ありがとうございますラブラブ