徐々に衰えていく姿を見せてくれてありがとう。

 

7月23日に亡くなったるるに伝えたい言葉。

 

4年前に亡くなったレオは、急にとても具合が悪くなり、お医者様に連れて行ったら即入院になり、その後5日くらいで酸素室の中で一人で亡くなってしまった。

朝、お医者さんが見に行かれたらすでに亡くなっていた。

 

苦しくても家で死なせてあげたほうがよかったんじゃないかと思った。お医者さんに連れて行ってからどんどん具合が悪くなったので、タイミングもあると思うが、移動や場所がストレスになったのではないかと思う。酸素室の中にいる時の苦しそうな顔が忘れられない。

 

1年半前に亡くなったマロンはそれこそもっと突然で、呼吸が早かったのでお医者様に連れて行ったら、診断の前に待合室で発作を起こして亡くなってしまった。これも移動がストレスだったのではないかと思っている。キャリーに入れて自転車で移動したので。振動とか色々。。。

 

レオとマロンが急に亡くなったので、るるが、約二ヶ月の間、うちで衰えていく姿を看て、本人は辛かったと思うが、私は心の準備ができたのでありがたかった。最後の時間も

隣で横になりながら、写真を撮ったり動画を撮ったり。

涙する時間もあったけれど、もうどうにもできないし、苦しい時間は短い方がいいと思うので「頑張って生きて!」とは思わなかった。そんなに頑張らなくていいよ。もう十分だよと声をかけていた。もちろん本人にはどうすることもできないわけだが。

 

苦しそうな姿を見るのは、決して楽しいことではないが、それでも家の中で好きなように過ごしてもらい、時には手からご飯を食べてもらい、突然近くに寝にきたり(それでもなぜか布団には上がらず、お布団の隣の床にきていた)じっと私を見つめていたり。そういう時間が感謝しかなかった。

最後看取らせてくれてありがとうね〜。

最後の最後まで感謝だった。


最後の時間を共に過ごせることはそれまでの人生を共に過ごせた事と同じにありがたい事。

 

 

子猫の時は可愛い。当たり前に。

それからどんどん成長して大人猫になっても可愛い。

しかし、最後の老い衰え目の光もなくガリガリで、毛艶も無くなった姿が一番可愛いかった。そう思った。

 

私がぬいぐるみメーカーなら、老いた動物のぬいぐるみを作るだろう。

 

どうしてかな。

最後まで猫生をやり遂げた姿だからかな。

苦しくても必死で生きようとしていた姿だからかな

 

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