2011年の日記から。




心理学を勉強していると、
自分が好きになれなくて苦しんでるクラスメイトが
多数いらっしゃいます。

私も自分の嫌いな面はあるけれど
それでも結構好きな面もあるし、
頑張ったなあと思う思い出がいくつもあるし
よく乗り越えたと思う出来事もあるし
時に有頂天になるし(それで迷惑かけるけど)
人と関わるのが、たとえ傷つくとしても好きだし
面倒であっても楽しさが待ってると思うと
気があう、深い話ができる人を探しに行ってしまうし。
まあどちらかと言うと好きが大きいんだと気がついた。

特に、離婚を乗り越えた自分はよくやったと思う。
あれは、あの結婚はつらかったからなあ。
自分の存在を全否定されていたような気がしていたもの。
今思うと、本当はそうじゃなかったんだと思うんだけどね。
当時は若くて、周りに同じ状況の人がいなかったし
何がなんだかわからなかったのね。

仕事でも、もうやだ~~~~って泣き言を
NYに住んでる姉に電話して聞いてもらったりしていた
辛かった時期を乗り越えた経験は宝だな。
すごい電話代を後ほど請求されたが。
結果的にきちんと完成させて凄い達成感を得られたし。

辛い出来事が自分を好きにさせてくれたような
気もする。

自分が嫌いだととても辛そう。
特に、人間関係を構築する時に
自分を否定する癖が出ると
他人の事も信じられなかったり
「嫌われているんじゃないか」という
無駄な心配をしてしまう。

どうして????と思うけれど
子供の頃に親に言われた言葉とか、
ひどい例だと虐待されて育ったとか
色んな要因があるのだけれど。

世の中、こんなに自分を否定しながら
なんとか生きてる人達がいるんだなと
驚きます。

見た目では全然わからないし
それはなかなか人には言わない心の奥の話なので
簡単にはわからない。

自分を好きになろうと言っても難しい。
嫌いな面があってもいいんだよ、
そんな駄目な自分も自分だし
それでも価値があるんだよ。
ということが腑に落ちるときっと楽になる。

何かを成し遂げた自分でなくても
何かを完璧にできる自分でなくても
生まれてきただけで
十分価値がある。

そんな風に思えると楽なのにね。

誰かが私の事を嫌っても
私は私が好き。
私が私をかわいがる!

そんな風に決意できれば楽なのにね。

心の中の普段は人に言わないような
話を出来る場って私にとっては
宝物だな。

どうでもいい世間話って苦手。
心の中の魂に触れる話がしたいんだね。