真夜中の長文

 

お正月になるたびに思い出す母の思い出がある。

 

浅丘ルリ子をテレビで見るたびに思い出す

 

(品川の映画館で手を洗っている時に隣にいらっしゃいました)

 

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13年前の記事です。

よかったら読んでね。

 

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おはようございます。

 

いかり屋圭子です。



 

今日からお仕事開始の方もいらっしゃいますね。

 

新たな気持ちでいってらっしゃーい晴れ



 

ここの所、mixiで母親との事を書いていらっしゃる友達などもいるし

 

お正月はどうも親子の事について考えたりします。



 

それで、昨日ふと思い出した母との思い出があります。



私が離婚したのはもう17年半前になるのですが

その3ヵ月後に、元気だった父が急逝しました。



 

その後、父の会社を弟が引き継いだので

よそへの就職活動は辞めて

実家の会社を手伝っていました。



 

それで1年に一回くらい疲れが溜まって休みだすと

会社に行けなくなる事が2年続けてありました。

 

一回目は会社を手伝い始めて1年後の12月くらいで

今考えると、抑うつ的な状態だったのだと思います。

理由はわからないけれど

どうにもこうにも行けない。

 

年が明けて、このままズルズルしてしまうのはまずいと

お正月の間に実家に顔を出しました。


 

裏口の鍵を持っていたので

裏口から入ったらお台所に

 

ちょうど母がいて

私の顔を見たら

 

うれしそうな表情をしました。

そして開口一番が

 

「映画見に行かない?男はつらいよ」

と言うのです。


 

数週間ぶりに会ってこれかとびっくりしつつ

責められるわけでもなく

休んでいた理由を聞かれるでもないので

拍子抜けというか、気が楽になったというか。

正確には思い出せないけれど、

たぶんそんな心持ちだったと思います。



すぐに二人で一番近い繁華街の映画館に見に行きました。

銀座などではなく、もう少し小さな繁華街。

今調べてみると、その時の作品は

浅丘ルリ子さんがマドンナの

寅さんの最後の作品になってしまった

 

「寅次郎紅の花」だったようです。

 

母は若い頃から浅丘ルリ子さんのファンなのです。




 

小さな映画館

お正月なので混んでいて

確か、一番後ろの席にやっと座りました。

二人で並んで見ていると

隣でゲラゲラ笑って楽しそうに見ている母。

 

私は笑ってたのかどうだったのか、

覚えていないけれど

 

「楽しそうに笑うな~」と感じていた事を今思い出します。

 

初めて映画館で見る寅さんは

ベタだけれども本当に感動的なストーリーでした。

たぶん泣いてしまったと思います。



 

普段この話を思い出すことはあまりないのですが

ちょうどお正月だったので思い出してしまいました。



 

あの時、母はどんな気持ちで私を映画に連れ出してくれたんだろう。

 

どうして「寅さん」だったのだろう。

たぶん、笑わせたかったのじゃないだろうか。

 

何も言わずに、伝えたいことがあったのではないだろうか。

 

 

正直に言うと

このブログを書きながら

どんどん、あの時の母の気持ちが

手にとるようにわかってきたような気がします。



 

大好きな人と結婚したのに

信じられない思いがけない理由で離婚することになり

そうこうする間に大好きな父が、

元気だった父があっという間に亡くなってしまった娘。

 

会社を一生懸命手伝っているけれども

何かの理由で会社に来れなくなってしまった娘。

 

心配していたでしょうね。

私だって理由はわからないのですから。

 

母だって、50代で配偶者を突然亡くすなんて

娘よりショック度は大きかったはずなのに。




 

私の友達がmixiに

 

「親の愛の深さは、わかっているつもりでも、子が思う以上なんだ…。」と

 

つぶやいていたけれど

 

そうかもしれないなーーーと思う今日です。


 

本当は誰もが

親と、ただ仲良くしたいと思っているのかもしれませんし

親も子供と、ただ仲良くしたいと思っているのかもしれません。


 

でも人間って不器用なのよね。