前回の記事を書いたところ
たくさんの方に読んでいただきました。
◆心屋仁之助さんのオープンカウンセリング「岡田さん、大切なことを言いますよ」
ああ、私、こういう
ぢんさんのオープンカウンセリングの時の記事を
もっと書こうと思いました。
書いていなかったね〜。
今回は、また10年くらい前に
亡き岡田孝常さんが手をあげて
質問された時のこと、二回目書きますね。
もしかしたら
こちらの質問の回の方が
先だったかもしれません。
岡田さん「母が僕より弟の方を昔から可愛がっている」
その当時、岡田さんは既に49歳くらいです。。。。
どんだけ握りしめてるんだよ笑
(だけどこういう方は多いです)
私もよく話を聞かされていましたが
岡田さんは弟の方がお母さんに愛されていることを
(と岡田さんが思っている)
ずっと寂しく悲しく思っていたようでした。
個人情報になるのであまり詳細は書けませんが
たとえば、弟さんは中学校から私立のお金のかかる
学校に受験して行っていた。
岡田さんはずっと公立。
弟さんは高いお稽古事に行っていた。
岡田さんはなんにも。
しかもお母さんは熱心にそのお稽古事に通わせていて
期待していたようだ。
みたいに、岡田さんの心には
弟さんに対する嫉妬と
お母さんに対する悲しみが
中年になるまでずっと残っているようでした。
そんな話をひとしきり
オープンカウンセリングで
ぢんさんに話した岡田さん。
ぢんさん
「岡田さん、いいですか。いいですか。
ショックなことを言いますけど、聞けますか?」
岡田さん「はい」(神妙に、不安そうに)
場内シーーーーーーん。
一体ぢんさんは
何を言うんだろう。。
みんな期待して待つ。
ぢんさん
岡田さん、
お母さんが弟さんのほうを
可愛がった。
そう岡田さんからはみえた。
それはね
それは
お母さんの
マイブームだったんですよ❗️❗️
岡田さん。絶句。
のちに爆笑
場内。シーン。
そして爆笑
そうだ〜。
きっとその通りだね、
お母さんは一人目は必死に育てるだろうけど
二回目なので余裕もできて
教育熱心になり
マイブームでお稽古通わせたり
受験させたり
したのかもしれない。笑
たまたま弟さんも「ある才能」が
おありになって。
そして岡田さんはきっと
子供の頃から親の言うことを聞く「いい子」で
手がかからなくて一人遊びできる子で
お母さんは、岡田さんの気持ちに気が付かず
弟の教育に夢中になってしまったのかもしれないね。
そういえば、岡田さんは子供の頃
よく一人で外で遊んでたって言ってた気がします。
岡田さん、それは
お母さんのマイブームだったんですよ❗️❗️笑
私、このセリフ忘れないわ。
これも本当に効き目あった。
誰だって
「マイブーム」が
時々起こります。
それが子育てにも
起きたのかもしれないですよね。笑
そして後日談があります。
一年後くらいかな
岡田さんがぢんさんのマスターコースに行ってる時
ご両親に「ある宿題」をされたんです。
その時、お母さんに対する誤解は
綺麗さっぱり解けたそうです。
あれ?
お母さんってこんな人だったっけ?と
いい意味でわかったそうです。
そして実はずっと長年消えなかった
理由のわからない「不安」の
根っこはお父さんだったんだと
すぐに気が付いたのです。
実は
お母さんと宿題した後
その様子を見ていたお父さんが
ご自分からお話をしてくださり
ご両親とのことが
全て解けたそうなんです。
岡田さんの記憶にはお父さんとのことは
全く忘れていてなかった。
もしかして辛くて蓋をしていたのかもしれないですね。
お母さんは実は関係なかった。
これは岡田さんご自身が
自分のセミナーでも話されていたことです。
なので書きました。
なんかすごいよね。
私が岡田さんにぢんさんを紹介して
オープンカウンセリングに参加されて
二回質問して
ぢんさんに惚れて笑
すぐにマスターコースに行き
両親への宿題をして
両親への想いが変わった。
ずっと心にあった「漠然とした不安」が
なくなった。
岡田さんその後本当に親御さんと
仲良くされていました。
私は岡田さんが亡くなられた数日後に
お父様にお目にかかりまして
お母様とも手紙のやりとりをしました。
岡田さんは本当にご両親に愛されていて
大事にされていたと確信していますし
当たり前のことですね。
ぢんさんのオープンカウンセリング
本当に楽しく
ほろっとするものでした。
岡田さんの人生を一瞬で変えてしまった。
あの言葉
私の心にいつもあります。
その頃の写真
真ん中岡田さん
今は天国で元気ね?
それとも生まれ変わって地球のどこかにいるのかな。

