こんにちは
いかり屋圭子です。
新幹線に乗ると厚木の大山が
遠くに見えます。
厚木は前職で、⚪️onyのテクノロジーセンターに毎日のように通っていた時期があるので懐かしいのです。
自宅からはドアトゥードアで二時間半くらいかかりました。
遠かったー(^◇^;)
ロマンスカーの代金は会社が出してくれなかったから、自分で負担し
派遣スタッフさんの入社や朝早い打ち合わせがある時はまだ空が暗いうちに出かけたり、遅い帰りの時も会社で印刷しなければならなければ、品川の会社によって帰宅したり。
担当していた部署が都内や厚木や何箇所もあったので、忙しく働いていました。
夏はやせ細り、厚木の派遣スタッフさんに心配されたことがあります。
パソコンと書類の入った重いカバンを持って、歩く距離もかなりあるので太る暇はありませんでした。
会社の帰りに友達と約束することは避けてました。いつ予定より遅くなるかわからないし、友人たちより圧倒的に帰りが遅くて待たせてしまう。
普段は同僚達と会社近くの安い居酒屋さんに寄って帰ることが楽しみ。
そこに寄ると必ず終電で帰る。
みんなでお金を出してボトルを入れていて。
そこの店長さんや店員さんと仲良しで。
ザ サラリーマン(^ω^)
人材派遣会社に勤めていた13年間、ほぼそうでした。
大好きな銀座もほとんど寄れなくなり、デパートにもあまり行ってなかった。平日ね。デパートに行くのは戦闘服であるスーツを買う時。
知らぬ間に有楽町駅前が開発されていて、ある時ビックリしました。
帰りにショッピングに寄る元気はありませんでしたね。
毎日毎日、面接したり、働いている派遣スタッフさんの話を30分刻みでお聞きしたり、スケジュール帖は小さい文字でびっしり。
自分が生きることに必死。
仕事をなんとかすることに必死。
恋愛もしていたけどね(笑)
しかし、彼達とは会うと疲れを癒す場所でデート
温泉やマッサージ
疲れ果ててお昼寝
周りの女性達はもっと働いていたけれど
私も私なりによーく働いた。
多くの派遣スタッフさんに感謝された。
多くのクライアント様に謝罪して。(笑)
謝るのが大事なお仕事。
おかげさまで先端の企業で事務もしたから、なんでもできるようになった。社内システムも先端のものを扱っていたと思います。いちいち大変だったー。
こう書くと、大変でがんばって苦労した自慢みたいだけれど、違います。
あの時、ああいう経験させてもらってありがたかったなーとただ感謝が湧き上がります。
今の私に必要なものをあの会社にいる時に得られた。
訓練された。
事務も、営業的なマインドや、人と臆することなく話せるマインド、そして、大丈夫なんだという確信。
私には必要だった。
私は甘ちゃんでしたから。
かと言って、今まで苦労してない人、自分は頑張っていないと思っている人が、これから苦労したほうがいいよとは全く思いません。
不思議なことに人生は、必要な経験はさせてもらえるようになっていると思います。
ほっておいても。
だから自分から苦労を探しに行かなくてもいいですよ。特に女性は。
女性は苦労せずに美しく笑っていればいい。
そう女神のように。
渦中にはわからないことが、振り返るとわかります。そして、笑える。
あんなに頑張らなくてもよかったのに。
そんなに必死にならなくてもよかったのに。
もっと力を抜けばよかったのに。
その時はわからない。
後でわかる。
人生は最後が楽しみかもしれませんね。
どんな風に自分の人生を振り返るんだろう。
もっとこうすれば。。。
ああすれば。。。
あなたはどう思う?
ラッコにもらった るる
