「コーヒー買っていいよ」って言われて、


本当はおやつも欲しいのに、


遠慮してコーヒーだけで我慢するのは、


相手にすごく失礼。





おやつも欲しいなら、


おやつも一緒に買わなきゃ、失礼。


 


相手は


あなたに喜んでほしくて、


「コーヒー買っていいよ」って言ってくれたのに、


そこで我慢して悲しくなるのは、


相手の親切を踏みにじる、真逆の行為。







2日間、家を留守にするとき


家族が「いいよ」って子供を預かってくれて、

 


帰宅後、疲れていて本当は休みたいのに、


「2日間留守にしたから申し訳ない」って遠慮して


必死に起きて家事をやるのは、


家族にすごく失礼。




休みたいなら、


「もう1日休ませて」って言って


ちゃんと休まなきゃ、失礼。




あなたが楽しいことするために


せっかく家族は留守番してくれていたのに、



帰宅後、


あなたがしんどそうな顔をして


家事をしている姿を見せるのは、


相手の親切を踏みにじる、真逆の行為。







「遠慮」という名のもとに、


どれだけ、周りの人の親切を 


踏みにじってきたか。




どれだけ周りの人の愛情を


つっぱねて、受け取らずにきたか。





なにも、やたらめったら、


ずうずうしくのたまえ!と言ってるのではない。


 



愛をくれている相手に、


本当に欲しいものを遠慮して言わず、



「申し訳ない」というのを理由に


自分から受け取り拒否することが、


どれだけ失礼なことか。


どれだけ悲しいことか。






「どうせ、あなたは


私の気持ちなんてわからないでしょう?」

 

 

「どうせ、あなたは


コーヒーは買ってくれても、


おやつを買ってくれるお金や愛情はないんでしょう??」




「どうせあなたは、家事も満足にできないでしょう?」



「どうせあなたは、


私を受け止めるだけの、そんな器はないんでしょう?」





 


大切な人に対して、



相手の事情を妄想で勝手に考慮して


自分のやりたいことを


遠慮して我慢するのは、



相手にそう伝えているのと、おなじ。




上から目線で相手をバカにしてるのと、おなじ。







わたしは、3年前それに気付いて、やめたのだ。


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そしたら


周りの人が応援してくれるようになった。


すごく可愛がられるようになった。





、、と、いうよりも、


もともと可愛がられていたのだと思う。



ただ、その愛情を、


いままで受け取り拒否していただけ。




上から目線でバカにしてきただけ。


それを、やめた。



 


恋愛も、仕事も、お金も、


家族関係も、その他の人間関係も、


これだけ。




愛情をくれたら、


ずうずうしく(と、自分で思うくらいの)


さらにその上をいく愛情を受け取るだけ。