わたし、ここ最近、

 

 

悲しいことが起きた時、

 

その感情を感じないようにするために

 

何か行動したり、誰かに何かを言おうとしてしまうのを、

 

 

意識的にやめてみる練習をしている。

 

 

 

 

 

 

昨日書いたこの記事を

 

たくさんの方がリブログやシェアしてくれた。

 

ありがとう。

 

 


 

 

 

 

自分が感じた気持ちは

 

今の私自身。

 

 

 

まさに「今。ナウ。」の私自身。

 

 

 

だから、

 

つらいと感じたその気持ちを

 

悲しいと感じたその気持ちを、

 

 

なんとかして消そうとして、

 

どうにかして排除しようとするということは、

 

自分自身を嫌っているのと同じ。

 

 

 

 

 

悲しい気持ちを感じるのがイヤで、

 

 

誰かに何かを言ってみようとしたり

 

ココロのテクニックを使ったりして、

 

 

その感情から

 

一刻も早く抜け出そうとしてしまう。

 

 

 


それは、

 

自分自身に「今のお前ではダメだ」と言っているのと同じ。
 



自分の感情を排除しようとすることは

 

自分自身を嫌っているのと同じ。

 


 

 

ここ最近、

 

そのまま、その気持ちと一緒に、そこにいる

 

という練習をしている。

 

 

 

 

悲しいことが起きた時、

 

その感情を感じないようにするために

 

何か行動したり、誰かに何かを言おうとしてしまうのを、

 

意識的にやめてみる。

 

 

 

 

そうすると、

 

今まで、どれだけ自分が

 

感情を感じないようにしてきたのかがわかる。

 

 

 

どれだけ「行動すること」で

 

感情を感じきることを、ごまかしてきたのかがわかる。

 

 

 

 

 

以前のブログで

 

 

モヤモヤした気持ちでいるのが嫌だから、

 

白黒はっきりつけたくなる。



そうやって

力づくで動かした事態は、

あまりいい結果を生まない。

 

 

と書いた。

 


 

 

 

 

それは、要するに、

 

 

自分自身に「今のお前ではダメだ」と

 

言っているのと同じ状態のままで、

 

 

他の誰かに何かのアクションを起こして

 

自分自身がダメじゃないことの証明をしてもらおうとしても、

 

うまくいかないということ。

 

 

 

 

自分自身の感情を排除しようとしている状態のままで、

 

つまり、

 

自分自身を否定したままで

 

外側の他の誰かに自分の確かさを求めても

 

だれも証明することなんてできない。

 

 

 

 

悲しいことが起きた時、

 

その感情を感じないようにするために

 

何か行動したり、誰かに何かを言おうとしてしまうのを、

 

意識的にやめてみる。

 

 

 

 

それは、

 

自分自身に「今のお前ではダメだ」と言っているのと同じだから。
 

 

 

 

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