2026年4月18日
夕方。熱い紅茶を楽しみながら、ブログを書き始めた。土曜日の今日は終日、リラックスしている。街を散策し、ジムで「無理のない筋トレ」もやった。
ここのところ、週末の公務や政務が続いていた。明日の日曜日も地元の政治活動がある。休める時に、しっかり休んでおかないと!(ふう)
気がつくと、アメブロの政治部門ランキングが1位に戻っている。ここから放つ言霊の中身や更新頻度が、いつものペースに戻ったからだろう。
が、何より大事なのは健康の維持だ。今後もブログの更新より睡眠の確保を優先する。
え?視聴数ランキングの順位は、あまり気にしていない。渾身のブログシリーズを連載すれば、(経験則から)必ず視聴率が上昇し、自然とトップに返り咲く(?)ことが多い。
改めて言っておくが、過去20年、これだけのエネルギーを割いてブログを更新し続けている理由はただ1つ。努力に見合った発信力(成果)があると証明されているからだ!
国会議員時代には、このブログの内容がよく新聞やテレビのワイドショーで報道された。細かいことは言わないが、政局に影響を与えたことさえある。
今も大勢の人を怒らせたり、励ましたり。最近は、この「ちっちゃな発信装置」から打ち出した文章が、そのままYahoo!ニュースの材料になることも結構、ある。時に「物議を醸す」のは、影響力の証明に他ならない。そうでしょう?
だから、アメブロランキングの順位も、このブログの影響力や有権者の関心事を測るための大事な指標の1つと捉えている。
よく、実は大して読まれてもいないブログや、身内しか届かないSNSのメッセージを、必要以上に(?)頻繁に更新している政治家を見かける。が、いわゆる「自己満足の発信」は、無駄な作業としか言いようがない!(キッパリ)
そんな時間があったら、他の活動に時間を注ぐべきだと思う。ひとには、それぞれの強みがあるのだ!
さて、ここからは「世襲政治家を再評価するブログ」の続編。
「政治とカネの問題」は、常任与党(?)である自民党が抱える構造的な問題だ。その根幹は、地方政治の「慣習」や「利権構造」にあると見ている。
当然のことながら、懲りずに政治資金に関する醜聞を振りまき続け、多くの関係者が逮捕されたり起訴されたりしている自民党は、この点を深く反省すべきだと考えている。
自民党が今だに「古い政治体質」から抜けきれていないことに関しては、長年、自民党の国会議員を務めていた自分自身にも、責任の一端がある。(ため息)
個々の議員の意識の低さや政治資金のマネジメント能力は厳しく問われるべきだと感じるものの、問題の本質は政治システム全体の欠陥にあるという気がする。
これでも政治家 山本一太は、若手議員の頃から政治改革に真剣に取り組んで来た。事実、自民党では「若手改革派」というジャンルに分類されていたはずだ。
政治とカネをめぐる事件が世間を騒がせる度に、仲間を募ってこの問題に正面から切り込み、様々な改革案を提案して来た。残念ながら、どんな提案もなかなか受け入れられなかった。
問題を複雑にしているのは、政治活動には常にグレーゾーンが存在するという事実だ。その中で「正しい政治活動」の物差しを見つけることは、簡単ではない。現実とのギャップに悩みながら、自らの政治活動の透明化を進めて来たというのが実態だ。
この点に関して言えば、長期に渡って、群馬県政の流れを2分して来た2人の巨頭(福田赳夫総理と中曽根康弘総理)だって、政治資金のスキャンダルと無縁ではない。
政界に進出する前のことではあるが、亡父山本富雄が生涯の師と仰いでいた故 福田赳夫元首相は、昭電疑惑で大蔵省を退官した。戦後の名宰相の1人に数えられる故 中曽根康弘元総理だって、リクルート事件で離党を余儀なくされ、雌伏の時を過ごしている。
が、だからと言って、郷土の尊敬すべき大先輩であるこの2人の首相経験者の「高い志と使命感」を疑うひとはいない!
タイプは違うが、それぞれご自身の政治グループを立ち上げ、その後の国内政治にも大きな影響を与えた続けたカリスマと、全身全霊で内外の難問に挑み続けたリーダーとしての生き様は、群馬県民の誇りだ。心から尊敬している!
小渕恵三元首相も命懸けで政治に取り組んでおられたし、福田康夫元首相には「私心」というものが全く感じられなかった。
そんな流れを思い起こしながら、ふと考えてみる。
例えば、福田達夫氏や小渕優子さん、中曽根康隆氏や中曽根弘文氏が、県民が恥ずかしく感じるような「破廉恥なスキャンダル」を起こすことなど、到底、想像がつかない!いや、この人たちにとって、そんなことはあり得ないという確信がある!
なぜ、そう断言出来るのか?中曽根弘文氏、小渕優子氏、福田達夫氏のことを、何年も身近で見て来た。当選して8年目を迎える康隆氏の行動も、政界に入る前からフォローしている。
ひとことで言うと、サラブレッドの血統を持つこの人たちは、政治家に求められる道徳感や倫理観、使命感を普通に持ち合わせた「大人の政治家」だ。人としての「品格」を感じる。
もちろん、ご両親の教育や家庭環境もあるとは思うが、4人の継承者の立ち振る舞いを律しているのは、脈々と続く政治ファミリーとしての「誇り」に違いない!
「日本と群馬の発展に尽くして来た先代や先先代の名誉を、けっして汚してはならない!」そんな気持ちなのではないだろうか?
万一、この4人が県民の多くが思わず顔をしかめるような恥ずかしい(下劣な)行動を取ったとする。それぞれの系統に連なることを誇りに感じている地元の家族や親族の方々は、深く心を傷づけられるに違いない!
3つのグループ(福田派、中曽根派、小渕派)のアイデンティティーを胸に頑張って来た県議や支持者の皆さんも、激しく落胆するはずだ。4人の政治家は、こうした人々の思いも背負っている。
何年も前のブログで、山本家のルーツについて記した。山本ファミリーは、ごく普通の家系だ。亡父は農水大臣、祖父は草津町長を務めたが、身内に総理もいないし、著名な学者や経済人がいるわけでもない。
が、そんな自分でさえ、常に「尊敬していた両親に恥ずかしくない生き方をしよう!」と自分に言い聞かせている。生まれ育った故郷(群馬)には、家族も親戚もいる。政治家山本一太をずっと応援してくれている人たちの期待を裏切るようなことは出来ない!なるほど、これが地域に根ざすということなんだな!(納得)
かつて日本人の「恥の文化」が注目された時代があった。この文化が同調圧力に繋がっているという批判はあったが、「羞恥心」(正しく美しくあろうという気持ち)は、とても大事だと感じている。
詳しいことには触れないが、子どもの頃から教えられてきた「倫理観」や「道徳感」「社会正義」というものが、目の前で崩壊する出来事を目の当たりにした。(ため息)
それ以来、ずっと当たり前だと思っていた政治家の「あるべき良識や品性」というものが、実は当たり前でなかったことに気づいた。
繰り返すが、どんな世界でも「世襲」には批判があるし、負の側面も否めない。が、逆にプラスの面もある。最近、そのことを改めて痛感している!
前回のブログでも言及したが、自分は「ブランド」や「毛並み」みたいな考え方が好きではない。どんなに貧しい家庭に生まれても、学歴が高くなくても、尊敬に値する「崇高な魂」を持ったひとはいる。逆もまた真なりだ。
が、脈々と流れる自分たちのDNAに誇りを抱き、それに相応しく振る舞わねばならない宿命を背負った「4人の継承者」(福田達夫氏、小渕優子氏、中曽根康隆氏、中曽根弘文氏)の健全さを、「スゴくいいな!」と思うようになった。知事というより、1人の県民として、今まで以上に応援したい気持ちだ。
来夏の知事選では、生まれ育った故郷の人々に、知事としての実績だけでなく、自らの哲学や生き方を知って欲しい。そのことも、ぜひ評価してもらいたいと考えている。詳しくは、次回のブログで。
さあ、そろそろ栄養補給の時間だ。群馬県由来のスーパーフードが食べられる環境に感謝!!(笑)