2026年2月28日

 土曜日の昼過ぎ。なんと気持ちのいい気候!しばらく高崎の街を散歩した後で、市内のカフェに入った。週末にしか書けないブログの続編(後編)を書く。

 午後からは、県内のある施設を(フラッと)視察する。どうしても様子を見に行きたいと思っていた。

 さて、先の前橋市長選挙への自身の対応に関して、(大きく言うと)2つ、反省しなければならない点があると考えている。

 ひとつは、知事という存在が「周りから権力者だと見られている!」という意識が希薄だったこと。2つ目は、「ずっと選挙を戦って来た前橋のことは、自分が最も良く分かっている」という慢心(勘違い)があったことだ。

 知事に就任して6年が経過した。が、今も「自分に権力がある?」みたいな認識がない。同志である県職員に高圧的な態度で命令を下したり、怒鳴りつけたことなどないし、市町村長に対しても、上から目線で接しているつもりはない!

 実際、過去6年間、前橋市長や高崎市長と何か大事な相談がある時には、こちらから市役所に足を運ぶことにしている。知事としての初心を忘れないための行動でもある。

 調べたわけではないが、他の都道府県の知事で、こんな行動をとるひとは、ほとんどいない気がする。

 え?本来なら、伊勢崎市や太田市を含む他の地域にも、頻繁に足を運びたい気持ちはある。が、移動時間を考えると、なかなか日程が取れないのだ。

 なぜ、そう思っているのか?「県がどんなにいいことをやろうと思っても、市町村との連携が無ければ『絵に書いた餅』になってしまう!」というのは、議会との信頼関係構築と並ぶ、山本県政の哲学の1つだからだ。

 政治家 山本一太は、若手議員の頃から、自民党内では「権力者に刃向かう面倒なヤツ」として知られていた。(笑)

 子どもの頃から、亡母には、「喧嘩するなら、自分より強い相手とやりなさい!」と言われていた。自分の地位を利用して、目下の政治家を虐めるなんて、自身の「ちっぽけな美学」の真逆とも言える行為だ。

 にもかかわらず、前橋市長選挙では、内外に(?)「権力を持つ知事が、女性の市長をいじめている」みたいな印象を与えてしまったようだ!(ため息)

 しかも、(あろうことか)そうした知事の言動を、巧みな選挙戦略を駆使する小川市長の陣営に利用されてしまった!(ガクッ)

 アメブロの政治家部門ランキングで1位の常連であり、時には、掲載された内容がそのままYahoo!ニュースに取り上げられるこの「直滑降ブログ」と、年に合計で1500万回、市長回数を稼いでいる知事会見の関連動画を通じた小川市長への批判が、当人の知名度アップと同情論の拡大に繋がる流れが(いつの間にか)作られていた。

 攻撃されればされるほど、それを自らのエネルギーに取り入れるなんて、SF漫画の宇宙生物みたいだな!(驚)

 ただし、知事として発信したことは、マイナスだけでなく、プラスの面もあったと指摘する声もある。この件は、次回のブログで説明したい。

 自分としては、相手が市長だとか、女性だとか、そんなことは意識していなかった。いつものように、おかしいと思うことをおかしいと言い、(口には出さなくても)皆が思っている正論を展開しただけだった。

 が、よく考えてみると、これまで山本一太が立ち向かって来たのは、常に派閥の長老とか、自民党内の権力者とか、自分より大きな影響力と存在感のある人たちだった。

 例えば、参院のドンと呼ばれた故 村上正邦元参院議員会長とか、故 青木幹雄官房長官とか、森喜朗元首相とか、誰もが気を遣う実力者に、真っ向から歯向かっていた。外から見ると、「ネズミがライオンに挑む」みたいな構図だった!(笑)

 前橋の旧知の経営者の中には、「確かに正論だが、知事が女性の市長をいじめているように映る!同情論を引き起こし、逆に相相手を利することになる!」と心配する声もあった。

 そうした意見に、耳を傾けていなかったわけではない。が、自分の政治家としての嗅覚や感覚のほうが正しいという奢りがあった。反発はあっても、プラスの影響のほうが大きいと分析していた。(ふう)

 今、振り返ると、さぞかし「意地悪なジャイアン(いじめっ子)(か弱い女性を虐める権力者?)みたいに見えただろうなと思う。そう、問題は、発言の中身よりイメージなのだ。

 ネット上では、連日、知事の厳しい言葉が(様々なメディアで)流されていた。こうした映像を見た若者層には、「パワハラ親父」みたいに映ったに違いない!(ガクッ)

 そう言えば、ネットの動画でも、怖い顔をして「他人の悪口ばっかり言っている首長」とか、常に「上から目線の物言いをする政治家」って、ホント、嫌な感じだもんなあ。

 自分で言うのも何だけど、山本一太知事の「ご機嫌力」は、かなり高い!毎日、笑顔のほうがずっと多いのに…なあ。

 「ジャイアン知事?」の印象を払拭するのは大変だ。が、欠点だらけでも、実は決して意地悪ではない「素のままの自分」を知ってもらうため、本気で努力しようと決めている。

 もう1つの反省は、政治家としての慢心だ。これでも30年の政治経験を持つベテランだ。過去6回の全県選挙で、選挙区(大票田の1つ)だった前橋市の有権者の心理は、実際に選挙を戦って来た自分が最も良く分かっていると思い込んでいた。

 例えば、山本一太の過去3回の選挙のデータを調べても、前橋市内での得票率は、全て7割を超えている。ある選挙では、(今回の衆院選の投票率を下回っているのに)前橋市内だけで9万票を獲得したこともあった。

 以前のブログでも触れたが、前橋の人たちは、人情に厚く、あったかい上州人だ。逆風が吹いた過去の選挙でも、常に力強く支えて頂いた。(感謝)

 それだけに、「知事である自分の思いは、必ず前橋の人たちに理解してもらえる!」という奢りと勘違いがあった。

 何度も言っているように、前橋市民の雰囲気を読み違えた決定的な原因は、有権者とのコミュニケーションの不足だ。それが、政治家としての感性を、決定的に鈍らせていた。

 知事就任以来、全力で県政に取り組んで来た。文字通り、全力疾走の日々だった。国会議員時代のように、頻繁に地区後援会の集会を開いたり、地域のイベントに細かく顔を出したり、住民の皆さんと膝詰めで語り合ったりすることが出来なくなった。

 もちろん、日々の公務では、大勢の人たちと遭遇する。県内各地の様々な行事やイベントで、来賓としていの一番に挨拶する機会も多い。が、スピーチの後もその場に残って、参加者の皆さんと、じっくり言葉を交わす時間が取れなくなっていた。

 それでも、公務の合間を縫って、地元の政治活動にも力を入れて来たつもりだ。が、知事として頑張れば頑張るほど、県民の皆さんと「直接、触れ合う」ための時間が削られるという流れに陥っていた。

 国会議員時代のように、前橋市内のちっちゃな会合に飛びこめていたら、地区のお祭りで地元の人たちと言葉を交わしていたら、義理堅くて優しい前橋の人たちの心情を、読み違えることなどなかったはずだ。

 物理的にも難しいし、今後は体調とも相談しなくてはならない。が、これから1年半、知恵と工夫を駆使して、前橋市内を回る方策を考えたい。

 ちょうどこの3月(?)に、前橋の経済人を中心とした2つの後援会組織の総会がある。そこで改めて会員の人たちに、自分の思いを伝え、市民の人たちとの対話の機会を作ってもらえるよう、よくお願いしてみようと考えている。

 加えて言うと、山本一太が前橋の情勢を見誤ったのは、支持者を含む一般の市民との対話の努力が欠けていたからだけではない。

 前回のブログでも触れたが、小川市長の醜聞に対する前橋市内のムードと、世間一般(世論)の認識との間に、大きな乖離があったことも大きな要因だ。

 更に言うと、同じ県内でも、前橋市と前橋市以外の地域(高崎や伊勢崎頭)の間の認識ギャップは大きかった。このことも、自分の政治家としての感覚を鈍らせた原因だ。この傾向(意識の乖離)は、今も変わっていないと見ている。

 それより何より、最も大きく間違ったのは、選挙戦の全体像に関する考察だ。様々な情報を総合的に分析しながら、政治家 山本一太は、次のような見方をしていた。

 「前橋市長の醜聞に対する今の世論の反応から考えて、今度の前橋市長選(出直し選挙)の最大のポイントは、保守系の分裂を防ぐことだ。たとえ無名でも、クリーンな候補者のもとで保守系が団結する体制を作れれば、必ず勝てる!」と。

 どこかに、こんな甘い考えもあった。

 「準備期間が短いことを考えると、難しい戦いになるだろう。が、最後は、必ず前橋市民の良識や倫理観が働くはずだ!」

 上述した2つの見方は、いずれも間違っていた!(ため息)

 更に付け加えるならが、もう1つ、侮っていた要素がある。それは、小川市長が過去4回の選挙(県議選や市長選)を勝ち抜く中で、日々、積み上げて来た努力、すなわち地道な政治活動の集積だ。そこには、小川氏自身の政治家としての優れたコミュニケーション能力も加わっていた。

 そうじゃなかったら、あれだけの騒ぎが巻き起こった直後でも、小川市長を庇う声があったことの説明がつかない。

 首長でも議員でも同じだ。そのひとがどれほど素晴らしい業績を残していたとしても(あるいは、実は大した仕事していなかったとしても)、自らの政策や活動、その成果が有権者に伝わっていなければ、何の意味もない。そうでしょう?

 「自分が政治家として何をやり、どんな成果があったのか?」を有権者に理解してもらうための不断の努力がいかに大切か?前橋市長選挙で、そのことを、改めて教えてもらった気がする。

 同じ政治家として、とても勉強になった。

 そして、どんな選挙でも、最後にものを言うのは、候補者自身のインパクトや発信力だ。小川市長の政治家としての表現力(選挙における政治センス)も、ご自身の逆風での戦いを勝利に導いた「欠かせないピース」だった気がする。市長としての「好感度の高さ」は、想像以上だった。

 長くなってしまったので、今回はここまで。後編と書いたが、もう1本、後編の続編(?)を加えたいと思う。

 次の「シリーズ最後のブログ」では、丸山あきら候補と、丸山氏を応援してくれた方々へのお詫びと感謝、小川市長に伝えておきたいメッセージを記す。

 さあ、そろそろ家に戻って、医食同源の栄養補給をしないと!