朝から地元(群馬県)の新年会をはしごしながら、支援者の企業や自宅を回る。午後1時半から前橋市の農協JAビルで行われたBSE(牛海面状脳症:いわゆる狂牛病)の「危機突破集会」に出席。予想通り、荒れ模様の大会になった。はからずも三頭目のBSEを出してしまった宮城村では牛の生産農家が壊滅的な打撃を受け、12月には武部農水大臣も視察に入った。「BSE問題は国の責任、自覚しろ!」とか「BSE:…B(ばかな)S(政治家は)E(いらない)…」といったプラカードの言葉からも、参加者のぴりぴりした空気が伝わってくる。




 本人出席の国会議員が挨拶に立つ度に、「口ばっかりじゃ、しょーがねえんだよ!」とか、「そんなことしてる間に、酪農がつぶれちまうぞ!」といった罵声が飛び交う。気を引き締めて壇上に立つと、予想に反して、「一太、しっかりやれよ!」という声がかかる。「農水省の役人にだまされちゃだめだ!」「応援してるんだから頼むぞ!」厳しいヤジというより、激励のコールという感じ。この6年間、農家に泊まって農作業を手伝ったり、米消費拡大キャンペーンの先頭に立ったり、党の農林部会で「食料自給」の重要性を訴えたり…。持ち前のフットワークを生かして「農政」にまじめに取り組んできたことは皆にちゃんと伝わっている。それだけに、「なんとかしたい」という気持ちで胸がいっぱいになった。




 「一太さん、これじゃあ、まともに食べてくことも難しい。私の力じゃ、どうにもならないよ。」宮城村の肥育農家のお母さんがつぶやいていた。今回のBSEに対する政府(農水省)の対応が不適切だったことは否めない。どうしてもっと早く「肉骨粉」の対策を取れなかったのか。もちろん、政治の責任は重大。こうした全くコントロール出来ない「不測の事態」に対しては、やはり国が全面的にサポートする以外、解決の糸口は見つからない気がする。




 夜6時から、久々に友人夫妻と高崎のレストランで会食した。活発でチャーミングな奥さんのほうは、山本一太のHPをずっとフォローしてくれているらしい。国政レポートは11月で止まったまま。よっぽど忙しいか、身体でも壊しているんじゃないかと思っていたそうだ。そう言えば、「新年の決意もないとは、がっかり」というメールも何通か頂戴した。「キツイ言い方だけど、更新しないHPでは開いている意味がないでしょう。一太さんの考えや行動を知りたいと思っている人がいるんだから、たとえ一行でも、たとえ絵日記みたいになったとしても、毎日書いたら絶対にインパクトああるんじゃないかしら!」というご指摘をいただいた。2002年の「シンプルメッセージ」は、短くても(乏しい内容でも)、とにかく「毎日発信する」ことを心がけたいと思います。うーん、これって結構大変な「決意」だ。気がつけば夜中の2時。明日は朝一番の新幹線で選挙区に入る予定だった。それでは、おやすみなさい!!