普通に考えたら父親からの絶縁に、笑顔でいられるわけはない

一つの理由として、母の死を見送った経験を通して
大切な人を失う悲しみに比べたら雲泥の差であるということ
父はこれからは関わらなくていい、いずれ父が亡くなったときも連絡はいかないようにする
そういう言い分だったけれど、

現実的にそんなことはまずあり得ません
父は何故その事を理解していないのか、
父は現実を知らなさすぎると思いました
他にも色々と、今の令和の時代からは追い付いていない感覚もありました

そして父の考えは、あまりにも理不尽すぎて
私が子供の頃から背負ってきたであろうものや、
想い、愛情、胸を痛めてきたこと、悲しみとか傷ついてきたこと、
それを父は微塵も理解していなかったこと
母の葬儀の件で、父は少しは分かってくれていると信じていたことが
ガラガラと崩れ去ってしまったこと

私は家族に恵まれなかったけれど、支えてくれる人がいるということ
それは2つ目の理由
私はすぐに友達に電話をして、いきなり泣きながら思いを話しました
そして理解してくれるであろう友人にメールもしました
ブログにも書きました
いつもならば個人的なことはあそこまで書かないけれど、度を越えてしまった
夫も、私の思いに理解を示してくれたことも大きかった

父に生まれて初めてブチギレたこと
ずっと堪えてきたけれど、許せなかった
父は絶縁すると言うカードを引いて、自分を正当化しようとするところと、
親の威厳を保とうとしようとしたことがうまく行かず
私はもう子供ではないんだと確信に変わった
対等に話をしようとすることが、父にとっては不愉快

何故私は、従順なイイコでいなければ許されないのか
私はもう手離すことにした
だから解放されて楽にもなったんです

そして3つ目は、自分自身と向き合うことに忙しいからです
その人生には夫の存在も大きく、日々考えることが沢山あって、
父のプロバイダ契約とかに長く時間をさけません
考えることが沢山あるんだと父に伝えても伝えても、
私の背負っているものを理解が出来ないので食い違いばかりです

生活の不安とかこれからの未来とか、風の時代だと言われているのに、
そして、今は去年のことも含めて、私だけじゃなく、
色んな人が、色んなものを手離したするでしょう
断捨離というレベルの話ではなくて、
手離さなければならない、目に見えない心の中のものや、現実的な住む場所、仕事、たくさんあります
今年はまた正念場ではないかと思う

このご時世が父は全く分かっていない
私がどんな思いで生きているのか、
どう生活しているのかではないんです
日々のご飯のメニューの悩みではない

人生なんです

私が何を望むか、これからどうしたいのか日々考えて、
今、私が出来ることは何なのかを考えているんです
コロナ禍で制限されている現実から、どうやって人と繋がっていくのか
今年のテーマはここだと思っています

それと4つ目は、意識を変えたことも大きかった
ずっと考え続けるんじゃなくて、楽しいこと好きなものに気持ちを向けました
最近はスキンケアやメイクの情報を調べたり、動画検索したり、
コスメ福袋も買いましたし!これはまたブログに書く予定です

楽しいことを自分で見つけたり、人にどう思われようと気にせずにいることにしました

絶縁という言葉も意外と多くブログでもお見かけしたりします
私だけじゃないんだ…と思いました
人って、自分だけが辛いと思っていると行き詰まってしまうけれど、
似たような経験をされてる人をブログとかで偶然見つけたり、
他にもドラマや映画のキャラクターに思いを投影したり、
そういうことで少しずつ解放されていくこともあると思う

私よりも苦しい人がもっといるなんて、人と比べたりすることはあまり好きじゃなくて、
そもそも自分と人は違うのであって、苦しみの重さを測ることはできないからです
誰かが私の人生を生きることはできず、その逆も同じです

***

長文になったのでこれで終わります
続きもありません、笑

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