まさか私もダウン症のある子を産むことはないと
変な自信がありました
ダウン症はそのほとんどが遺伝ではありません
遺伝に関わるものもあるのですが
細胞分裂の際に21番目の染色体が
正常は2本のところ3本に分裂する
染色体の問題で起こります
子どもが大好きで
女の子のは1人は産みたいと
ずっと思っていたし
女の子が生まれたらこんな風に暮らしたい。
その願いが強くありました
理想がとても具体的だったから
娘を産んだ瞬間
喜びに包まれるはずの瞬間から
私は不幸のどん底に突き落とされたような
絶望と悲しみでいっぱいになりました
ダウン症であると確定されるまでは特に
複雑な胸の中暮らしていました
オランダへようこそという詩がありますが
正にその詩の通り
私はイタリアに行くはずが
オランダに着いてしまった…
オランダの楽しさや美しさに気がつくまで
イタリアに行くはずだったとずっと嘆いていた
そんな私でした
ダウン症のある子を産むこと
育てることは不幸?
ダウン症のある子を産むことも育てることも
不幸なことではありませんでした
むしろ喜びや感動に溢れた
子育てをさせてもらっています
人の優しさに触れ
関わってくださる方々の素晴らしさや
同じ境遇のママの強さや美しさに感動し
気づきの多い人生になりました
ただ一方で社会での受け入れはどうか?
そう聞かれると
疑問に思ったり残念に思うことは多々あります
障がいのある子どもたちや
その子どもたちを支える家族は
まだまだ孤独に感じることや
不便に思うこと
もっとこうだったら…
そんな思いを多く感じていると思います
やはり当事者でなければ分からないことが
沢山あります
娘を育てることで
こんなにもたくさん頑張っている
赤ちゃんが、子供たちが、ママが、
家族がいるのだと初めてきがつきました
こんなにも頑張っているママや
子どもたちが見えてこないこと
語弊を恐れずに言うなら
社会の片隅に取り残されてしまっていること
もっともっと混ぜこぜで
色んな人がいて当たり前な社会になればな
そのためにはハード面も
私たち一人一人の意識も変わっていけたらいいな
そう思います
元気に生まれた私も
いつどんな病気になるともわかりません
それに年齢を重ねればできないことが
一つ一つ増えていく…
思うように身体を動かせるうちはいいけれど
そうではなくなった時にも
安心して暮らせる社会であればと思います
このブログを書きながら
大きな気づきがあったので
また次のブログでシェアしますね
娘との日々をInstagramで綴っています


