多くの無念の死をとげられとなられた方のご冥福祈りたいです。

流星群ペルセウス座流星群 特設サイト全国7元中継」は22時から直前番組、
23時~25時が本番です!
左矢印
byきっこ ‏@kikko_no_blogsさんから
東京は見れなそうですのでこちらで鑑賞したいです^^;;

■NNNドキュメント14” 
続・放射線を浴びたX年後 日本に降り注いだ雨は今 
2014年08月10日24:50~: 南海放送
再放送 :8月17日(日)11:00~BS日テレ
8月17日(日)18:30~CS「日テレNEWS24」
この記事(動画あり)左矢印もfc2で書いてますがまだ再放送もあります。
観られる環境の方はどうぞ。

この事件は今に通じる重大な問題と思うので共有したくこちらと
同時掲載します。

何故航空機ミステリ―があるのか、隠したいことがあるからです。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
1985年8月12日に起きた日航ジャンボ機墜落事故。
乗員乗客524名、死者520名、生存者4名。単独航空機事故
としては世界最大規模の事故


日航ジャンボ機墜落事故についてはについてはこちらで。

いつもお世話になってるみょう♪わくわく里山さんぽさまから

1985年に起きた日航123便墜落事故を、当時日本航空
スチュワーデスとして勤務していた著者・青山透子さんが、
事故の真相を追い求めて綴ったノンフィクションがあること
知りました。

日航123便 あの日の記憶 天空の星たちへ/マガジンランド

¥1,543
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そして「日航123便あの日の記憶 天空の星たちへ」公式ブログ
を開設されこの事故の風化を防ごうとされてます。

事故の原因を追究し続ける勇気とその犠牲者への想いに心
揺さぶれるものがあります。

彼女は自衛隊疑惑を追及しています。

疑惑の中曽根総理の行動
隣町の軽井沢でテニスや水泳、読書と休養ばかりして、10月まで全
く上野村現場に来なかったこと
はなぜか!?

中曽根氏は、自分が生きているうちに関係者が決して
言わないようにするために、急いで特定秘密法を1985年12月に
出したと指摘。(当時却下)
。
こちらの記事に数々の疑問を書かれてます。★


① 災害派遣待機命令が発令されたが、その後出動ではなく中止命令
が出たのはなぜか

②8月12日、夜23時頃、一番先に捜索のため到着した機動隊員32名
の案内を頼まれた地元民たちに対して、道案内を頼んでおきながら
機動隊員から「その場所は違う、こっちだ」と根拠のない主張をされた。

墜落現場はスゲノ沢だと言うと

「いいやそこではない、中ノ沢だ、上官の命令だ」と強く言われた。

人にものを頼んでおきながら命令とはどういうことか?

なぜ地元の土地に詳しい人の意見をわざと無視したのか?

③ なぜ一番先に到着した機動隊員は、わざと足が遅く、ゆっくり歩くのか、
おかげで、倍の時間がかかり、夜明けまで墜落現場にたどり着けなかった

④夜中、ヘリが墜落現場上空にずっとホバリングして、
モノの上げ下げをしていたが、何をそんなに急いで上げ下
げしていたのか 

⑤後からの幹部の発表では、一機たりとも危なくてヘリを
飛ばしていないというが、
事故当夜、私たちが目撃した墜落現場上空にいた多数のヘリは、
亡霊か?

⑥自衛隊ヘリの合図を頼りに墜落現場まで行けると歩いたら、

結局全く違った場所に連れていかれたのはなぜか

自衛隊による墜落現場特定が遅くなったことについて、

⑦山下運輸大臣や自衛隊幹部が

「夜間用照明がなかった」とか「険しい山に仰天した、危ないから」
とか夜に救助出来なかった理由をテレビや雑誌で反論した。

しかし、敵の侵略や戦闘は夜行うもので、その為に山奥で過酷な
訓練をしてきた。
夜にヘリを出せないならば、いつ自衛するのか?

自分たちは夜に十分動けるための訓練を行ってきたのだから、
プロとしての自衛官
を馬鹿にするような発言するとは情けない。それでも幹部か?

⑧なぜ墜落場所を地元民や黒澤村長が伝えても報道は
聞き入れなかったのか

特に13日早朝、地元では当然御巣鷹の尾根とわかっているのに、
まだNHKでは、小倉山と報道し続けていて、呆れた地元民が
NHKの記者を怒鳴りつけた

⑨なぜ一生懸命生存者を救助したのに、山頂に4時間近く生存者
が放置されたのか

⑩なぜ生存者を収容したヘリで、5分もかからない救急病院に
行くのに、無線が故障と言って30分以上、上空を旋回し続けたのか

⑪ 4人も救助したと美談になっていたが、遺体状況からみて、
つい先ほどまで生存していたと思われる人たちが100名ぐらい
はいたはずである
など詳細はリンク先でどうぞ。



あの日と似ているマレーシア航空機行方不明事件

と指摘されてます。
是非ご訪問されてください。

クローバー昭和60年の日航機墜落事故から30年目となる8月12日、
フジテレビは機内の再現ドラマや当時の映像、墜落現場での
中継などを交えた特番
「8.12日航機墜落 30回目の夏 生存者が今明かす“32分間の闘い
”  ボイスレコーダーの“新たな声”」(午後6時半)を生放送する
。


フジは今回、コックピットのやりとりを記録したボイスレコーダーの詳細
な解析を実施。

衝撃音の回数や、これまで判読不能とされてきた会話の一部など
「新事実」が判明したという。

 事故にあった日航機123便は昭和60年8月12日、羽田空港から
伊丹空港に向かう飛行中、機体に異常が発生。機体は制御を失い、
32分後に群馬県上野村の「御巣鷹(おすたか)の尾根」に墜落し、
乗客乗員524人のうち520人が死亡した。


 ■「ドーン、ドーン、ドーン」

 フジテレビは今年春、これまでマスコミに公表されていた音源よりも、
より鮮明に記録されたテープを当時の事故調査委員会の関係者から
入手。テープを独自解析したところ、これまで聞き取ることのできなかっ
たコックピットでの約60カ所のやりとりのうち、約20カ所が明らかに
なったという。

 フジの張江泰之チーフ・プロデューサー(46)によると、
事故調査委員会が行った調査報告書では、衝撃音は「ドーン」と
1回だけだった。
これに対し、最新の音響技術で解析したところ、「ドーン、ドーン、ドーン」
と3つの衝撃音が確認できたという
。


特番では、この衝撃音が意味することを詳しく取り上げ、
「事故のさらなる真相」に迫る。

 張江さんは「当時できなかった音の解析が、技術が進化した30年目
の今ならできるようになった。

突然の事故を受けて動揺しながらも、最後の最後まで生きようと
頑張ったコックピット内での)やりとりが残されていた」と話す。

 また、事故当日の気象データなど多くのデータを解析。CGを駆使した
「レベルの高い飛行再現」(張江さん)を行い、「
なぜ123便は御巣鷹に向かったのか」を考える。
「事故のことを知る人にとって、『そんなことがあったのか』と
思うことの連続になると思う」と張江さん。

 ■ドラマ、現場中継も
フジは今回、生存者の乗客の女性に取材
。


女性は「事故を自分の記憶に留めるのではなく、後世の記録として残したい」
として取材に応じたという。その証言などをもとに、ダッチロールや
度重なる急降下にさらされた当時の機内の様子、
何とかして事故を回避しようとした機長らの必死の操縦を
再現したドラマを放送する。

 このほか、生存者の救出に携わった人にインタビューを行い、
当時の墜落現場の状況や、生存者を発見したときの様子を語ってもらう。
自衛隊が当時撮影していた現場の映像も放送。墜落時刻の午後6時56分
前後には、現場からの中継も行われる。

 張江さんは「日航機事故は決しては忘れてはいけない大事故で、
交通機関の安全を考えるうえでの“シンボル”にもなっている。

最近の若い人の中には事故のことを知らない人もいると思うが、
記憶を語り継ぐという意味でも、事故を知らない人にもぜひ見てい
ただければ」と話している。

■他の見解。

宝石赤著名な(新) 日本の黒い霧

宝石紫facebookの記事・・・・
日本経済転落の契機となったプラザ合意とロッキード事件P3C疑惑
の関係。

中曽根総理が自分の『天地有情』の中にも『回顧録』の中に
俺はCIAのテストを受けたと書いてあるそうです。

宝石緑ザ・ノンフェクション日本航空123便墜落事故 15年目の検証



これもフジテレビの番組で紙上復元の記事はこちら。


宝石緑消えない核兵器に関する疑惑の記事

宝石白日航機事故についてのラジオフォーラムでの解説動画。



宝石ブルーワールドフォーラムでの講演。
ここは不思議ワールドですが、内海先生が講演なさるので知りました。

主催者は謎の死?とげられたという説も・・・・