ご訪問ありがとうございます。
不定期に噴出する古文漢文不要論。
古典を
「物知り顔で取り澄ました風に言う生活と縁のない高尚な何か」
だと捉えている人が多い印象です。
いえいえ、
時を越えて読み継がれてきたものには、今を生きるのに役立つ知恵が詰まっています。
「方丈記」は戦争や天変地異が相次ぐ時代にふさわしい、と聞いて、読みました。
鴨長明(かものちょうめい・かものながあきら)1155~1216 生没年は諸説あります。
先に感想を述べるなら、
鴨長明は悟った風なことを言いつつ悟りきらない、案外人間的なところがあります。
ちょっとほっとしませんか。(私はした)。
解説によると、
鴨長明は、鴨御祖(かものみおや)神社(下鴨神社)の神職の家に生まれました。
父の長継(ながつぐ)は、正禰宜(しょうねぎ;神職の最高の位階)であり、長明は跡継ぎでした。
鴨長明でググってみたら「スーパーボンボンからミニマリスト」と書いてあるのを見て吹いた🤣
しかし、父は長明18歳か19歳の頃亡くなり、禰宜は一族の遠縁の者が継いでしまいます。
1204年、長明に昇進の機会が訪れます。
時の権力者後鳥羽院(ごとばいん)が鴨野御租(かものみおや)神社の摂社、河合社の禰宜に任じようとしました。
ところが、一族のなかに異議を唱える者が現れ、長明は権力闘争に敗れました。
おそらくそれが原因で出家します。
下鴨神社
あの有名な冒頭
高校で半分居眠りしながら暗唱しました。
国語の先生ごめんなさい。
朗読するにふさわしい、良く整った格調の高い文章です。
中国の古典、論語などを下敷きにしたり、日本の古い歌なども取り入れられており、長明の豊かな学識を感じます。
長明は和歌と音楽にすぐれ、学識豊かな努力家でしたが、人付き合いせず偏屈な一面があったようです。
申し訳ないのですが、出家は、権力闘争に敗れて去った「負け犬」の雰囲気があります。
「悟ったようなことを言うが悟りきっていない」
生まれ育ちとその後の背景を考えると、致し方ないと思います。
さて、鴨長明が生きた1155~1216は、源平の合戦や鎌倉幕府の成立と言った激動の時代でした。
その間、大地震、飢饉、大火、台風が発生して、その有様が記されています。
特に1181年の飢饉の描写は目を覆いたくなるようなものです。
都に行き倒れ多数
死体は放置され、異臭が満ちて、腐乱して崩れていく・・・
とある高僧が放置される死者を哀れに思い、額に梵字を書いて数えたところ、都の中心部だけで42300人余りだった。
いわんや都の郊外、河原(鴨川の河原)も加えれば際限ないと。
↑格調高い古文だから距離を置いて読めますが、現代文ならうなされるレベル。
この状況で無常観を抱くのは当然です。
出家しても俗世間に未練たらたら、内面は苦渋に満ちていた(らしい)鴨長明に人間臭さを感じました。
現代語訳も出ているようですが、冒頭だけでも原文のまま読んでいただきたい。
和漢混交文の調子が、「方丈記」の命です。
そういえば「徒然草」の吉田兼好ゆかりの吉田神社と吉田山(というか丘)は、京大生の散策の場。
いつかこちらも再読せねば。
理系だけど古文漢文いるの、疲れる~、というぼやきなど
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