町を海を村を山を歌い踊ってゆく旅芸人たち
類まれなる詩の
力みなぎる壮大なギリシャ現代悲劇
映画「旅芸人の記録」
1975年 ギリシア 230分
<監督>
テオ・アンゲロプロス
<キャスト>
エヴァ・コタマニドゥ、
ストラトス・パキス
<内容>
1952年の晩秋。南ギリシャの小さな町エギオンに降り立つ12人前後の一座。
町は数日後の大統領選挙を控えて、“救国の英雄”パパゴス元帥の選挙カーの演説とビラに包まれ騒然としている。
同じエギオンの、1939年の晩秋の街を同じ旅芸人一座がゆく。
エレクトラがいて、父で座長のアガメムノン、母クリュタイムネストラ、妹クリュソテミ、その幼い息子の一家に、ピュラデス、詩人、老男優、老女優、アコーディオン奏きの老人、そしてアイギスドスの11人。
彼らの演目は『羊飼いの少女ゴルファ』という五幕ものの戯曲ただひとつ。
今夜の舞台から、エレクトラがゴルフォ役を母クリュタイムネストラから、そ の恋人タソスの役を、エレクトラの弟オレステスが父アガメムノンから引き継ぐことになっていた。だがオレステスが徴兵にとられてしまい、代わりにピュラデスが演じることになる…。
1975年に完成され、同年カンヌ映画祭監督週間にひそかに出品されて世界初公開となった『旅芸人の記録』の登場は、映画をつくる人々にとって、そして映画を観て愛してやまぬ人々にとって、大きな歴史的事件の誕生であった。
神話の人物たちが現代ギリシャの旅芸人になってよみがえり、ギリシャ全土を巡業しながら1939年から1952年までの14年間の、圧制と、占領 と、反乱の、なまなましい歴史を、圧倒的な詩の力をもってスクリーンに記録していく。
上映されるや、年に一年どころか、数十年に一度の傑作として熱狂的な 評価を受け、満場一致で国際批評家大賞に選出。その限りない美しさ、深さ、力強さ、幾層にも積み重ねられた歴史の重みが伝える感動を、各国のジャーナリス トたちは、それぞれの言葉で各国に打電した――大傑作が現れた!と。
(早稲田松竹HPよりコピー抜粋)
**************************
もう少しわかりやすく説明するとすれば、1939年第二次世界大戦前から1952年までの13年間にわたるギリシャ混乱期の歴史物語。
そしてギリシア神話「オルディア」の登場人物の名前を持った旅芸人の面々が、神話と同じような役割を果たしながら、ギリシャの混乱期を時空を超え旅する物語。
旅芸人たちが映画の中で演じるのは、19世紀に作られたギリシャの芝居「羊飼いの少女ゴルフォ」
ヤクセンボ~レ♪
ヤクセンボ~レ♪
が耳に残ります!!
ギリシア映画でまっさきに自分として思い出されるのは、アンソニー・クィーン主演の「その男ゾルバ」ですね。
その他は、「日曜はダメよ」くらいでしょうか。
あまり観ていないと思います。
そしてこの作品の題名はもちろん名作として知ってはいましたが、なかなか鑑賞するタイミングを逃しており今回初鑑賞でした。
いやぁ~~とてつもなくすごい作品を観てしまいました。
この映画はたぶんというか、意見評価は真っ二つに別れるでしょう。
面白かった名作だ!!
かやた全くもって、単に長くて退屈で、わかのわからない・・・ではないでしょうか。
セミドキュメンタリー風に描かれています。
そして冒頭から半分経過するまでに、ほとんどの方が寝てしまうのでは?と思わせるような作品でした。
それはこの監督作品の特徴でもある、カメラの長回しが原因の一つでもあるかと思ったりもします。
それと、年代順にストーリー展開するのではなく、時間軸が縦横無尽に行きかい、その説明もなし。
また、ギリシア神話からくるエピソードを現代に蘇らせて、登場人物の名前も、ギリシア神話の登場人物に由来しているのだから、まったく訳が分からなくなってしまいます。
旅芸人メンバーの面々は、明確な性格が示されたいるわけでもないし、とにかく誰が誰だか判断しにくい。
出来事の相関関係も理解できにくいのです。
今書いているこの記事も、わかりにくいかもしれませんがwww
ギリシア神話に精通している方、また第二次世界大戦前後のギリシアの歴史にも知識があったりすると違うかもしれませんね。
ですからこの映画を観るにあたっては、個人的には前述の
・ギリシアの1930年代から1960年くらいまでの現代史を知っておく、
・ギリシア神話「アトレウス家の悲劇」を知っておくと、
より内容を理解し楽しめるのではないかと思います。
私はその悲劇の物語は知りませんでしたが・・・。
映画史において知識人の中では、この作品は傑作、名作と言っている方が多いようですが、残念なことに個人的には心震えるような感動はあまりおきませんでした。
感動させるだけが映画じゃないっていうのもあると思いますが、とにかく何も揺さぶられなかったのですね。
ただしかし約4時間弱の映画、さほど苦痛なく見ることはできていたのも事実なのです。
だからまったく面白くないということでもなかったのだとは思いますが?
商業的観点での映画ではないと思われます。
芸術作品なのかな?
全編を通して、薄曇りのような画が続きます。
それは抑圧されてきたギリシャの人々の気持ちを表しているのかもしれない。
そのような中で自由を求め続ける人々。
あの退屈してしまう長回しの画も、旅芸人の一座が味わってきた苦悩苦痛、ギリシャの人々の苦痛を観るものに共感させる為の手法だったりと、考えてしまいましたが、まぁそこまでは考えすぎでしょうねw
激動の現代ギリシア史を、旅芸人を通して芸術的に描いた作品なのでしょう。
そうそう、心揺さぶられなかったと前述しましたが、ちょっとだけ心揺さぶられたシーンがありました。
ラストシーンです。
ラストまた冒頭の駅の場面は同じなのですが、それぞれ年代が違ってそこに立っている一座の人間そして数がことなります。
2つのシーンはこんな感じで紹介されます。
冒頭が1952年のエギオン駅過去と一座の面々が違っていた。
2日間眠っていなかった。
ラストは1939年のエギオン駅に降り立った一座。
2日間眠っていなかった。
新たな面々、人が変わったとしてもその中でまた生き抜いていくということなのでしょうか。
どうもこの映画が制作されたのは、軍事政権下で相当な覚悟をもって制作されたようです。
この映画をレヴューするのには、体力の限界ではなく力不足です。
また点数で評価するような映画ではないような気もしますので、今回は点数は保留ということで!!
また機会があれば再度じっくり鑑賞してみたいものです。









