今日ネットサーフィンをしていたら。

 

モデルの冨永愛さんとニュースキャスターの徳永有美さんの対談記事がキラキラ

どちらも凛として素敵なお二人、私の好きなタイプ。

そんな2人の対談テーマは「ママと仕事の両立」な感じでした。

サーっと読んでいたものの、一箇所何ともいえない感覚真顔を覚えたので記事に書こうかなと思いました。

結構今日はブラックリリ子が顔を出している気がします真顔

 

(賛否両論あるでしょうが、これはあくまで私の感じたことですので悪しからず。)

 

 

それはズバリ

 

 

子どもを預けて働くことへの後ろめたさ

をお二人ともずっと感じて生きていると終始語っていたこと。
 
 
 
 

 
 

なぜに

正直読んでいて「?」って思ってしまいました。
 
子供に対して後ろめたいのでしょうか。
 
なぜに?一緒に長い時間一緒に居られないから?
 
 
 
 
 

よっぽどその方が子供に失礼

逆に「後ろめたい」なんて思いながら働かれる方が子供にとってはありがた迷惑なんじゃないかなと個人的には思います。
だって働くことを決めたのは、母親である自分が、自分の意思で決めたわけで、だったら「子供が気になるので・・・」とか変な逃げ道や英語で言うところのExcusesを並べずに働けば良いじゃないですかねー
ましてや、本当に働きたくても何らかの理由で働かずに家庭を守っている専業ママさんたちに対してもなんか失礼じゃない?
プラス一緒に働く現場の人にも。そう言う気持ちって周りは鋭く見抜きますから。
と私は読んでいて思いました。
一旦決めたなら働くにせよ、家庭に入るにせよ、胸はってやり通すのが逆に私は子供に対しての筋だと思っています(ちょっと極妻みたい?w)
 
 
 
 

永遠に語り継がれるママ=家に居るべき神話

とはいえ「後ろめたさ」を感じる原因はきっと日本人の中に遺伝子レベルで組み込まれている「ママは家にいる」と言う潜在意識があるんでしょう。
それが昨日の私のブログでも書いた「なぜ旦那さんもお給料貰っているのにリリ子さんも働くの?」質問につながると思います。
 
でも今時代は令和ニコ
働くオプションだって家庭に入るオプションだって取れる時代なのだからママたちが主体的に選択する自由が与えられている場合が多いはずニヒヒ
 
ましてや冨永愛さんと徳永有美さんなら選べるどころか本当に自分の意思で働くも働かないも好き勝手できるレベルなはずなわけで。
 
 
 
 
そのかなり影響力があり、かつ生き生きと働いていらっしゃる「ように」見えるお二人が終始「働くことへの後ろめたさ」をママ代表的に語っていること自体が何ともいえない違和感で、ついブラックリリ子が筆を進めてしまいましたドクロ

 

 
 
冨永愛さんは神様から与えられたあの手足をパリコレに使わないのは個人的にもったいなさすぎると思いますので、モデルの仕事に戻ってきてくれて一ファンとしては嬉しい限りウシシ
こないだMax Maraのピンクのテディベアコートを着てテレビに出ていらっしゃいましたが、Max Maraとはこういう方が着て成り立つブランドなのだと改めて思いましたw 本当にため息が出るほど素敵なモデルさんだと思います。
(一時期は仕事を息子さんのためにセーブされていたそうです。冨永愛が横断歩道の旗振り当番とかキビキビやっているところとか、それはそれでめっちゃカッコ良さそうですがw)