人には2種類のタイプがいると思ってるの。
それは、
与える人、与えられる人。
私はね、ずっと”与える人”になりたかった。
私がコンプレックスに感じてたことのひとつに
苦労という苦労をしたことがないことがあった。
18歳で母親を亡くしてるという事は大きな試練だったかもしれないけど、
お金のことを理由に
何かを諦めて欲しいと親に言われたこともなくて
ずっと家族が仲良くて
兄弟同士も未だに仲良くて
旦那さんとも仲良く過ごしてて
子供たちもいて
義実家ともうまくいってて
本当に恵まれてる環境にずっといる。
苦労を知らない自分には
辿ってきたストーリーがないような気がして、
大変な過去を乗り越えたり、
心の病気から克服した人たちのストーリーを見ては
” 自分なんて大したことないな ” て落ち込むことがあったし、今も時々ある。
憧れるよね。
大きなことを成し遂げる使命の人や
そうゆう宿命を持ってる人に。
それはさ、自分には何も無い。
恵まれてる自分は非力で、自分には価値がないようで
そんな自分が心底嫌で、
そんな自分じゃない事を証明したいがために
大きなことを成し遂げたい!すごくなりたい!て、
必死に必死に”与える人”になろうとするんだよね。
でもね、そんな自分だということをさっさと諦めて
恵まれていることに感謝して、
受け取るものを受け取って
思いっきり喜んで
思いっきり表現していくことが
与えられる人の使命なんだよ。
与えられながら、それを栄養にして満たされながら
私自身が、楽しむこと。
私自身が、挑戦していくこと。
私自身が、殻をやぶっていくこと。
その姿を見せることで、与えてくれる人達に、
別の何かを与えられることがあると今は思ってる。
恵まれてるその当たり前たちにあぐらをかいて
謙虚さと感謝を忘れて、
不満ばかりに目を向けると
たいてい何かがおかしくなってきちゃうから
その当たり前があることに傲慢になるんではなくって
いつも満たされていることに
思いっきり感謝して
思いっきり喜んで
その上で表現していく。
その姿が、大切な人や、身近な人、世界を潤していけると思ってるよ。
うん、与える人、与えられる人どちらの役割も素晴らしいね♡
それなら、与えられてる豊かさに感謝しながら
イージーに楽しんでいこっ♡
大丈夫、何者にもならなくていいよ♪
いつかの私へ。
◆ご提供中のサービス◆
木村 姫燁





