みなさま、おはようございます。
ストレングスコーチ&ライターの岩田陽子です。
今朝は、師匠とコーチングでした。
そこでいつも感じていることがあるのですが
今日はそれを書いてみます。
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わたし「○○をやってみたい気持ちはあるけれど、
今はまだできないんです!」
師匠「なんで?なんでできないの?」
わたし「だって、○○のためにはまだ勉強不足なので」
師匠「ふーん、じゃぁ、いつになったら勉強不足は解消されるわけ?」
わたし「それは・・・○○講座を受講して、○○研修をうけて・・・
そのあと○○を試してみて」
師匠「それって、受けなきゃだめなの?
そもそも資格がないとできないの?」
わたし「だって、○○さんたちもそう言っていたし
○○という本にもそう書いてあったんです。
だから、いまは出来ないんです」
師匠「ふーん。それって誰がそう決めたの?
そもそもそれでうまくいくの?」
わたし「・・・」
師匠「っていうかさー、本当は何がやりたいの?」
わたし「・・・」
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読んでみて「わかるー!」
と、共感してくださった方、ありがとうございます。
そして「なんだそれ?やればいいじゃん」
と、思った方、あなたは素晴らしい。
わたしの場合、この「○○できない、しちゃいけない」
と、囚われている部分がすごく多いです。
それは何がそうさせているのでしょうか?
・○○さんが言っていた
・家族がいるから
・○○という本に書いてあった
・○○という過去の出来事
・○○という聞いた話
・○○であらねばならない
・当然○○。
・○○できて当たり前
などなど
いろいろ出てきます。
これをコーチング中に、コーチに向かって
言葉にしていると、言っているそばから
嘘っぽさ満点なんです。
次第に言うのがばからしくなってきます。
だって、全て「自分がやらないため」の
いいわけですから。
そもそもね「やりたい」って思っていること自体が
もう、心底本音で「やりたい」んですよ、本当は。
そうでなくちゃ「やりたい」って気持ちは湧き上がらない。
でも、それをやったこともないし、失敗したら嫌だし
やるなら上手にやりたいし、出来ないと恥ずかしいし
って、いっぱいいっぱい言い訳が出てきます。
それを、自分のせいだって思いたくないんですよ。
だから、他人のせいにしたり、何かのせいにしたりして
自分の気持ちに蓋をして、自分を守っているんです。
問題の根本をすり替えて、自分を正当化したいのだと感じます。
だからいつもわたしは思うのです。
自分をしばっているのは、他の誰でもない自分なんだって。
自分が囚われているのは、ありもしない自分の思い込み
なんだって。
本当にやりたいことなら、誰が何と言おうと「やる」わけなんです。
もっというと、やって楽しいことならば、自然と「やってしまう」んです。
それをあれこれ理由ならべて、やらないってことは
ものすごく自分で自分を苛めているというか
しばりつけているというか、叩きのめしている。
我慢は美徳ではありません。
我慢は、毒です。
自分というものを、自由に羽ばたかせないようにするための
巧妙な罠だったりします。
たとえば
「○○さんがダメって言ったから、やらない」
ってことは
本当は自分はここから飛び出したくてウズウズしているのに
ずっとここにいることを自分に課している
それを選択し続けているということ。
もっというと、○○さんがあなたの人格をコントロールしている
ということ。
これは、ものすごーーーく居心地悪いですよ。
無意識すぎて、気がつかないかもしれないけれど。
もしも運よく、そこに気がつくことができたなら
きっと、自分の魂の叫びに気がついて
わたしは大泣きします。
そして、自分が本当にやりたいことを
自分の意志で選択してやる、その満ち足りた感じは
きっと魂も喜ぶのだと思います。
これが、自己一致なのかな。
自己一致すると、とても気持ちが楽になります。
そして、グズグズすることが少なくなります。
それでも、悩むけどね。
今日も読んでくれてありがとうございます!
グズグズしていると、手を差し伸べてくれる友がいたりして
人生って、複雑に絡まり合っているんだなーって思います。