3月11日(火)
忘れない日
Google検索で
『今日は何の日?』と
入れてみた。
いのちの日、おうえんの日、
防災意識を育てる日、
おくる防災の日などです。
Yahoo!きっずには、
おくる防災の日
自然環境や人、地域に優しい社会を目指すエールマーケットが制定。東日本大震災の記憶を忘れずに「防災用品などを大切な人に贈る・送る」という習慣を根付かせることが目的。日付は東日本大震災が発生した日から。
- 2011年(平成23年)
- 東日本大震災が発生。
- 日本での観測史上最大、M9.0。
- 東北から東海の太平洋沿岸で津波による大惨事。福島原発にも深刻な被害。
- あの日から14年
- 私は、大阪茨木市で蒸しパン屋さんを
- 当時経営してました。
- 午後からスタッフとお店にいた時…
- 長い大きな横揺れが続いた。
- 「地震」
- 阪神大震災で被災した私。
- PTSD。震えと恐怖感。
- とはいえ、昼間で1人ではなかったから
- どこで地震が起きたのか、店内で毎日
- 聴いていたラジオFM802のボリュームを
- 大きくして、必死で情報を聴いていた。
- まさかの東北!
- 「えっ?大阪なのにこんなに揺れるの?」
- その後、大きな地震だと知り、更に津波。
- お店にはテレビを置いてなかったので、
- 旧TwitterやSNSをで検索。
- 見なきゃいいのに、気になるから
- 見てしまい… 写真や動画…
- 不安と恐怖で涙が止まらなかった。
- どうか皆さんご無事でいて下さい🙏
- 祈り続けた🙏
- 遠く離れた東北での震災。
- 結局、他人事ではなかったのです。
- お店で仕入れていた材料が東北の工場で
- ほぼ全壊したと連絡が入った。
- ストックはあるけど、これからどうする?
- 試行錯誤して市場を必死で回った。
- 原材料価格も合わない。
- 工場の人も亡くなった人がいる…
- 震災からのPTSDがある私は、
- 自然の怖さと無念な気持ち。
- 更には、自分だけがこのまま幸せに
- 暮らしていいのか?
- などなど、現地の人の気持ちを考えると
- 思考までがおかしくなった。
- 結局、それから半年後かな。
- 苦渋の決断でお店を閉めた。
- 更に会社経営もやめた。
- もうしんどい…
- 頑張っても、また地震は来る…
- どんなに頑張ってても、自然は
- また襲ってくる。
- 誰も悪くなくても命まで奪う。
- もう心身ともに疲れたのかも。
- スタッフも素晴らしいチーム。
- 支えてくれたみんなが大好き❤️
- 私は手放す決断をした時と、
- 閉店日の前の晩は寂しくて、
- 悔しくて自問自答、1人孤独でした。
- また地震!また震災!
- 阪神大震災と東北の震災。
- 2度も心までズタズタにされたこと
- 今でも忘れてません。
- とはいえ、現地の皆様はもっと!
- 苦しみ辛いところから頑張ろうと
- しているやん!
- 自分に負けたらあかん!
- 負けてとまるもんか!
- 何を思ったかと言うと、もう一度
- 1からリスタート‼️
- 社長とか店長とか責任者ではなく、
- パートのおばちゃんとして面接。
- 言語化して表現するのは難しいけど、
- 自分自身を違った角度から立て直す
- 自分を見る時間を作ろう!
- 立場とか関係なく、人に喜んでもらう
- ことが出来る人にもっとなりたい!
- 無我夢中になれることを探して、
- 選んだのは大好きな接客業
- 「笑顔」になれる場所。
- 飲食店に約6年半オープニングから
- ずっとお世話になりました。
- 毎朝始発の電車に乗り、早朝から勤務。
- 自分がどこまで挑戦するのか。
- 出来るのか?
- 追い込んで試すことで自分を知りたかった。
- 話を戻しますが、人生の岐路って
- 皆さんあると思うんですよ。
- 自分が決めたことには恥じることなく
- 覚悟を持ってやりきる。
- そこで生きる!
- 東北の復興を願い、日々自分も東北の
- 皆さんと共に、頑張りたい!
- 別に頼まれた訳でもなく、全てを投げ出し
- 再スタートすることもいらなかったのかも。
- しかしながら私は、
- 自分の心を取り戻す時間に
- しました。
- あれから14年
- あの日があったから今の私がいる。
- 保育の仕事について8年。
- 子ども達には、生まれてきたことも
- 当たり前ではなく、感謝して♡
- 「ありがとう」の気持ちを。
- 命の尊さと人との出会いや繋がりで
- 人生は変わることを伝えていきます。
- あの日を忘れない。
- 助け合う心。愛と思いやり。
- 大切に今日も感謝します。
- 今!自分が出来ることで、
- 自分も悦び、喜んでもらえたら
- 幸せです✨
- 笑って!楽しむ!
- 今日も最後まで読んで頂き、
ありがとうございます❣️
かよねぇ
